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zoom RSS 父の日(6月18日 曇り時々晴れ 21℃)

<<   作成日時 : 2017/06/19 02:16   >>

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今日は曇りがちの日曜日。

時折青空が覗くが、まだらな雲が大勢を占めた。

特に午後からは雲の量が増えた。

風は東からの海風で、湿った風だ。そのため雲に厚みが出たのだ。

気温は低めだが、ちょっと湿気っぽさを感じる。

洗濯してベランダにシャツなどを干してみたが、乾き切らなかった。

だが雨が降ることはなく、行楽日和の週末だったと言えよう。

今日は「父の日」だそうで。

失礼ながら「母の日」に比べ、ちょっとインパクトが弱い。

ホントはお父さんは一家の大黒柱。日夜働いて家族を支えるありがたい存在のはずだけど、「亭主、元気で留守が良い」なんて言われたりして。

家にいればうざったがられ、酔っ払って遅く帰れば嫌がられ…(笑)。

私が毎日乗るバスにも、もちろん断定は出来ないけれど、そんな雰囲気のお父さん族が多く乗って来る。

23時の最終バス。

中には残業で遅くなった人もいるだろうが、大半は「一杯」やっている。

仕事上でのお付き合いという事もあるだろうが、毎日という事もあるまい。

顔を赤らめ、一様に酒臭く、時にはふらついてバスを待っている。

そして一週間に必ず一人は車内で寝てしまい、乗り過ごししてしまうお父さんがいる。

何も金曜日に限った事ではなく、平日でもこういう人はいる。

殆どバスの最後の乗客は私である事が多く、その時は仕方なく運転士さんに一言告げる事になる。

バスは「循環線」なので、寝過ごしてしまうと出発点である「泉中央駅」に戻ってしまう。

その代わり、遠く離れた車庫まで連れて行かれる可能性は低いが、目を覚ましたらまだ駅…なんて事になってしまう。

運転士さんは一応ミラーなどで、乗客を確認はしているが、こういう乗客に限って「死角」になっていて気づきにくいのだ。

運転士さんに告げると、大抵「あっ、そうですか?」と言って振り返るから、気づいていないのだ。

そのまま終点まで連れて行ってしまうと、酔っ払いだけに「逆ギレ」される事も考えられ、実際それで暴力事件になった例もある。

私が下車するバス停は、コース終盤で、通しで先に行く乗客は殆どいない。

しかもスーツ姿のお父さん族の大半は、手前の同じバス停で降りるので、寝過ごしている可能性は大なのだ。

運転士さんはマイクで呼びかける。緊急時以外、運行中むやみに運転席から離れる事は出来ないからだ。

大抵は呼びかけられると、目を覚まし慌てて降りるが、中にはそれでも起きない人も。

「お客さん、〇〇丁目ですが、よろしいですか?」

運転士さんの呼びかけに、ようやく気付くお父さん。

格好悪いのか、憮然として降りて行く。

眠くなるのはわかるが、乗車時間はせいぜい15分。

我慢して乗り過ごししない方が良い。

そんな、時にはめんどくさいお父さんたちだが、年1回の「父の日」。

チョッとしたプレゼントや、豪華な食事で労わってあげるのもいいのでは。

お父さんも、そんな家族に照れずに受け取りましょうね。

私は残念ながら「父の日」を祝った経験がない。

酷い息子・・と言わないで(笑)。

両親は私が6歳の時離婚し、母は再婚もしなかったので父の記憶は殆どない。

最も離婚後は、いわゆる「出戻り」で実家に戻り、祖父母も健在だった。

また実家であったので、叔父や叔母など親戚の出入りが多く、寂しい母子家庭で育ったわけではない。

むしろ賑やかな環境だったので,片親と言うジレンマは一切なかった。

学校でも、そうした家庭環境の同級生が多く、みんなそれなりに逞しかった。

そういう環境で育ったので、父の存在はすぐ消えたし、顔もなんとなくしか覚えていない。

声等に至っては全く記憶にない。

なので私の人生に「父」はルーツであっても、存在感はなく、母と離婚後半世紀近く会ったこともない。

よくも実の息子に会いたくないものだと思うが、現在生きているのかどこ見入るかも知らないので、恨み事を言うつもりもまた、ない。

だから余計「父の日」はピンとこないのだと思う。

最も私自身が「お父さん」であれば、悲喜こもごもなのかも知れないが・・・。

残念ながら父は元より、「夫」でもない訳でして・・・(泣)。

もう諦めておりますが。

でもアリオやセルバで「父の日」セールをやっていたけど、あまり盛り上がっていなかったような(笑)。

「父の日」のルーツとは?

そう言えば知らなかったので、ちょっと調べて見るとルーツはアメリカにあった。

諸説あるそうだが、20世紀初頭「父子家庭」だった子供が、亡くなった父親のために近くの教会で礼拝を頼んだことから始まったと言う。

その父親は南北戦争に従軍。無事帰還を果たしたが、直後留守を守っていた妻が死去。

彼は再婚もせず、男で一つで数人の子供を育てたと言う。

子供たちの成人を見届けた父親は、若くして世を去ってしまったため、息子が特別な礼拝を懇願したのだと言う。

この話が美談となり、礼拝が行われた6月第3日曜日に父親を弔う礼拝が流行した。

半世紀後の1966年に、正式に「父の日」として制定され、健在の父にも労いのプレゼントを・・と言う事になったと言う。

「母の日」にはカーネーションをプレゼントするが、「父の日」にはバラだとご存じ?

もちろん私は知らなかったのだが、既に亡くなっている父親には墓前に白いバラ、健在の父には赤いバラを送るのがそもそもの風習だそう。

でも日本では、あまり知られていないのではないか?

確かにオヤジが赤いバラを貰っても、どうしようもない・・と言う気がするが、それは気持ちであって。

「父の日」と言うと、ネクタイとかソックスと言ったビジネスグッズやお酒を送る家族が多いのではないか。

実用的、と言う事なので良いと思うが、セールをしている店でも「バラの花束」は売っていなかった気がする。

しかしルーツは、本物の「家族愛」から来ているもので、良い話ではないか。

臭い、うざい、うるさい・・・などと言われてしまう日本のお父さん達がちょっと気の毒。

もちろん大いにお祝いしてもらったお父さんは多いだろうけど、「どうせ何をあげても喜ばないでしょう?」なんて言われたりして・・。

「今日はパパのために外で食事」なんて言われたけど、結局俺の給料じゃん・・なんて思ったお父さん。

あくまで「気持ち」の問題だから、喜んであげましょう。

家族がいるって、当たり前の様で凄く幸せなこと。

人間って、基本一人では生きられないし、生きて行く意味も難しい。

家族のために・・と思えば、何とかなるもの。

私は祝うことはできないけれど、祝ってもらえる日は来るのだろうか・・・駄目かな?(笑)



日曜日と言うこともあって、夕方賑わっていた街も夜は早めに静かになった。

涼しいこともあり、久しぶりに自宅まで歩いてみた。

足腰が悪いので、途中休みながらたっぷり倍の時間をかけて歩いたが、やはり足腰が痛くなって息が切れる。

体力不足だということか。

不快ではないが、空は曇っていて湿度が高そう。

今夜も寂しい。一人と言うのは気ままに思えるが、好きで一人になったわけではないので辛いことのほうが多い。




元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

この週末、君はどこか行きましたか?それともお仕事でしたか?

忙しいとは思いますが、決して無理はせず、時にはジックリ休んでください。

君の休日の過ごし方は知りませんが、きっと素敵な過ごし方でしょう。

その時見せるであろう、笑顔が今もみたいと思っています。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。




見えずとも 誰恋ひざらめ 山の末に いさよふ月を 外に見てしか(万葉集巻三 393 満誓沙彌の月の歌)




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