CRECHANのブログ 「風の道」

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zoom RSS 飛行機ネタ・デッドコピー?魔改造?中国のF-7(5月9日 雨のち曇り 12℃)

<<   作成日時 : 2018/05/10 02:30   >>

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今日は朝からシトシトと言う冷たい雨。初夏と言うより、春先や秋の雨を思わせる。

異常低温は少なくとも明日まで続く見込みで、街行く人々の様相は一変した。

中には厚手の上着を着込んだ人もおり、それは決して大げさではない。

肌寒く湿気寒いとはこの事で、昨夜は外したばかりの毛布を再び引っ張り出して寝た。

日差しは0。何だかイギリスみたいな気候で、爽やかな5月とはとても思えない。

雨は午後に小止みとなり、夕方には止んだが、明日も同じような空模様だと言う。

今日は早く出かける用事があったので、歩いて出かけたが、日中にもかかわらず、外に出た途端思わず肩をすくめてしまった。

暑いよりは良い気がするけれど、程度の問題だ。

一昨日新潟県で小学校2年生の女子が行方不明になり、深夜近くの線路で跳ねられ死亡すると言う「事故」があった。

しかし昨日になって警察は、女子の遺体から「殺人事件」と断定。以降メディアはこの「事件」で持ちきりだ。

警察によると、女子の遺体は「うっ血」が見られ、首を絞められての窒息死の疑いがあると言う。

女子は一昨日午後3時頃、同級生と下校し、自宅近くで別れた後行方不明になった。

いつもの時間に帰って来ないので、保護者が学校に連絡。その後警察に通報し、100人の警官で付近を捜索したが見つからなかった。

そして深夜22時過ぎ、自宅近くを走る越後線の列車が、線路に横たわっていた女子を轢いてしまった。

7歳の女子を殺害するなど、正気の沙汰とは思えず、また怨恨が動機とは考えにくい。

死亡原因が絞殺だとすると、犯人は下校中の女子を拉致して殺害し、その後わざわざ遺体を線路に置いた事になる。

しかも跳ねた列車の8分前に、別の列車が通過しており、その僅かな時間に遺体を置いた。

線路脇には女子のランドセルや靴が見つかっていて、犯人が遺棄したのか、跳ねられた勢いで散乱したのかはわからない。

現場は線路脇が住宅地で、その間に狭い道がある。反対側は浄水場で、普段は施錠されて人の出入りは出来ないと言う。

列車通過前、道路に見かけない不審車が10分ほど停車していた、と言う目撃情報もあるが、詳細は不明だ。

だが画像を見る限り、現場の状況からどうもミステリーな事件だ。

恐らく動機は少女趣味を持ち、かつ殺人願望を持つ異常者であろうが、何故遺体をわざわざ列車に跳ねさせたのか?

普通ならば少しでも発見を遅らせようと隠したがるだろうし、事故と見せかける偽装にしては稚拙過ぎる。

ご遺族には申し訳ないが、鉄道事故の遺体は損傷が激しい。だが警察の検証で、死因はすぐわかるし、7歳の子供が夜中に鉄道自殺するなど不自然極まりなさすぎ。

ブラフ(偽装)のつもりだとしたら、犯人は相当頭が悪い。

また場所から、僅か8分の間に誰にも気付かれず、線路内に侵入して置けるかも疑問だ。

夕方女子を拉致して殺害し、数時間遺体と一緒にいたならば、車のトランクにでも隠していたのだろうか?

僅かな時間に車を止め、トランクを開けて遺体を抱き上げ、線路の柵を乗り越え、遺体を横たえ、再び柵を乗り越えて車で逃走…人通りの少ない深夜とは言え、住宅地である。

全く気付かれずにここまで出来るだろうか?だとしたら、犯人は行き当たりばったりではなく、予め現場の下見をし、女子に目をつけていた事になるのではないか?

しかも事件は連休明けの月曜日。

自らの異常な快楽の為に、女子に目をつけていたとしたら、連休前から目をつけ、下校時間やルートを調べ、かつ女子の自宅も知っていたはずである。

動機はともかく、計画的犯行なのだろうか?

ワイドショーに出ていた元刑事のコメンテーターは、犯人は女子と顔見知りだったのではないか、と言っていたが、私も同意見。

しかもごく近い場所にいる、「ご近所」さんではないかと思う。

ならば家に招き入れても、女子はさほど警戒しないだろし、遺体を隠して置ける。

ただ7歳とは言え、身長は120センチあったと言うから、抱いて移動するのは大変だし、夜とは言っても100%目立つ。

抱きかかえて柵を乗り越えるのは至難の技で、柵をよく知る人物。

遺体を抱きかかえて柵を越え、線路に置いて戻る。

列車の隙間は8分。遺体の隠した場所と線路までの移動時間は、最高1分程度が限界だろう。

車を使っていたとしたら、目立たない表通りに出るまでの時間も必要だ。

だが道路は、住民専用の狭い道で、止められるスペースはなさそうに見える。

停めていると、逆に目立つのではないか。しかも目の前は住宅が連なっており、不審車として目立つのに、その上車内から遺体を取り出す余裕があるだろうか?

目撃情報があるからと言って、イコール犯人とは言い切れまい。

最もそんな事、警察は充分わかっているだろうが。

それにしても嫌な事件だ。子供を殺害するなど、異常に違いないが、それ以上にねちっこく陰湿極まりない。

少しでも早く逮捕に至らないと、住民は不安この上ないし、何より亡くなった子が浮かばれない。



飛行機ネタ。

F‐7と聞いて、ピンと来る人はどのくらいいるだろう。

名前からアメリカの飛行機に思えるが、詳しい人なら第二次大戦末期の「グラマンFー7Fタイガーキャット」を思い浮かべるかも知れないが、Fが一つ足りない。

ジェット戦闘機ではF‐4ファントム、F‐5フリーダムファイター・タイガー?。

だが次に出てくるのはF‐8クルーセイダーで、6と7は「欠番」である。

別名「纖撃7型」と言う。 または「J‐7」とも呼ばれる。

なるほどそうか、中国の飛行機かとわかるだろう。

その通り、F‐7は海外向けの呼称である。

ここではF‐7に統一する。

F‐7は、旧ソ連の超音速戦闘機「ミグ21」を中国で生産した機体であるが、いわゆるライセンス生産ではない。

戦後日本の支配から脱した中国は、蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党の内戦となり、国民党は台湾に逃れ、大陸側は共産党が支配する事になって1949年「中華人民共和国」が成立した。

中国は社会主義の手本であるソ連と友好関係を結んだが、60年代になると東北部・旧満州とソ連の国境で紛争が起こり、中ソ関係は破綻した。

極端な社会主義政策を執る中国は、工業や科学部門が立ち遅れており、ソ連の支援は重要であった。

ソ連でも独裁者スターリンが死去し、フルシチョフが政権を握ると「ソ連第一主義」を掲げて、中国と距離を置くようになっていた。

中国はソ連から大量の武器の供与を受けていたが、独自の核兵器を開発すると、ソ連に取って中国は脅威であった。

その中発生した国境紛争は、両者に多数の死傷者が出るほどの戦いで、事実上「中ソ戦争」であった。

ソ連は外交官、軍事顧問を中国から引き上げて、両国は断絶状態になった。

中国は虚勢を張るかのように、強気の姿勢を見せたが、軍事的には大きな困難に直面した。

紛争直前、中国は初のマッハ2級の最新鋭機「ミグ21」の供与を受け始めたばかりで、ソ連とはライセンス生産の契約を済ませていた。

ところが紛争で断絶状態になったため、中国には僅かに供与されたミグ21とマニュアルが手元に残されただけだった。

紛争前、中国はミグ15、17、19をライセンス生産していたが、前者2つは音速機ではなく、ミグ19は一応は音速機だったが、やっと音速を超える程度で、能力は既に旧式化していた。

ソ連ではレーダーなどの電子装備の開発が遅れ、60年代にようやく実用化にこぎ着けていたが、中国にはライセンスを提供せず、全天候機は1機もなかった。

中国はアメリカや日本を含む自由主義圏と対立することは予測しており、国防の為には軍事力の近代化が必須であった。

最新鋭のミグ21は、初期の簡素ながらレーダーが標準装備で、アメリカの最新鋭機Fー4ファントムやFー104スターファイターと言ったマッハ2級の機体に対抗しうるものだった。

既にソ連の衛星国では大量に配備されており、ヨーロッパでは西側諸国と拮抗していた。

しかし紛争のおかげで、期待のミグ21配備計画は頓挫してしまったのであった。

中国はとりあえず、供与された僅かのミグ21を「コピー」する事にした。

ライセンス生産の予定だったので、図面はあったが、工作の手順や材質の比率は良くわからず、とにかく「見よう見まね」でコピーするしかなかった。

中国側の資料では、原形機が初飛行したのは67年の事とあるが、詳細は不明である。

何故なら66年に毛沢東が主導した権力抗争「文化大革命」が始まっており、彼が扇動した「紅衛兵」が暴走し、社会主義改革と称して極端な「無階級社会」構築を図ろうとした。

それは資産階級やインテリ層を「反革命分子」として弾圧する事を意味し、航空機開発部門の技術者も対象にされたのである。

当然開発は遅延し、1億人以上と言われる全国に広まった紅衛兵は「経済」自体を否定した。

その為航空機開発の資金さえ取り上げられる始末で、ただでさえ立ち遅れていた中国の文化は、経済の破たんとともに他国に比べ数十年遅れたと言われる。

なので「F-7」が、67年に完成し初飛行したと言うのは疑わしい。

文化大革命時代の記録は、否定とともに処分されたと言われるので、詳しい経緯は霧の中なのだ。

社会的大混乱と多くの犠牲を出した「文化大革命」は、毛沢東の死去と側近であった「四人組」の失脚で、76年にようやく終息した。

「暗黒の10年」と言われる「文化大革命」は、日本が支配していた時代より酷い時代だったと言われる。

このことからJ-7/F-7が量産化されたのは、恐らく76年以降であったと思われる。

文化大革命」以後の中国は、極端な社会主義は捨てたものの国際社会においては秘密主義に走り、ソ連の「鉄のカーテン」に類して「竹のカーテン」と言われた。

政治だけでなく、軍事部門においても秘密主義を貫いていたため、実際の開発状況などは一切公表されなかった。

現在公表されている記録は、近年の「ねつ造」である可能性が高い。

80年代には人民解放軍・空軍の主力機になっていたので、量産が開始されたのはやはり70年代後半と見るべきだ。

当初F-7はミグ21の初期型「F」型(NATOコードネーム・フィッシュベッドC)をコピーしたが、この型はレーダーん0内「昼間戦闘機」で、武装は胴体下部の30ミリ機関砲2門だけである(弾薬60発ずつ)。

既に役に立たない性能だったので、すぐに改修され「F-13」と呼ばれる改修型と同じにされた。

これは同じ「フィシュベッドC」ながら、簡素なレーダーを持ち、赤外線追尾式ミサイル「AA-2アトール」2発を装備出来た。

ミグ21も、本格的な量産型はこの「F‐13」からで、F-7もこの改修型から量産されたと思われる。

中国製である以外、エンジンまで全て「コピー」製品で、ミグ21の標準だった「ツマンスキーR-13」ターボジェットエンジンを「渦噴13型」として装備している。

だがそれでも時代遅れ感は免れず、試作機として電子装備や武装を多く積めるようにした改修型が多数作られ、実数は不明である。

既存の機体を改修したのか、試作機として新造したのか、公表されていないためだ。

ただ80年代後半には、エンジンのパワーアップを計った「J-7U」に生産が移り、以後標準型になった。

中国空軍では、少なくとも300機以上の「J-7」を配備したと言われる。

そして冷戦が終結し、中国自体自由化が進むと、同機は外貨を稼ぐ「輸出品」として重要な製品になる。

中国は「J-7」を輸出用「F-7」として売り出し、ユーザーの希望する仕様を施す一種のオーダーメイド方式でセールスを展開する。

冷戦は終結したが、途上国を中心とした新しい勢力構図が出来ており、何よりソ連が崩壊すると世界のバランスは複雑になった。

特に「反米」を掲げる国は、それまでソ連から武器の供与を受けていたが、崩壊でそれどころでなくなってしまった。

そこに目をつけたのが中国で、反米・反西欧型の途上国は「F-7」に飛びついた。

したたかな中国は、現金の代わりに当事国の資源開発などをちらつかせる事によって、F-7を売るのだ。

また中国自体が民主化したせいで、アメリカや西欧との行き来が自由になると、F-7の電子装備や部品をアメリカ性・欧州製の規格に取り換えるようにセッティングして、セールスは順調であった。

輸出に弾みをつけたのは、中国と国境を接するパキスタンである。

パキスタンは隣国インドと北方地域の領土問題で、数十年に渡り紛争状態にあった。

過去に何度か戦火を交え、ついには両国が核開発するまでエスカレートしていた。

重く見た世界はパキスタンに経済制裁や禁輸制裁を行ったが、アメリカはアフガニスタンなど中東問題を抱えており、パキスタンへの援助は必要だった。

しかし核開発の制裁をしない訳にも行かず、一時的にF‐16などの供与を停止している。

そんな中で助けを求めたのは中国へであった。

中国もインドと国境紛争を抱えており、パキスタンにとっては「敵の敵は味方」が中国であったのである。

中国はすぐさまパキスタンと「F-7」の輸出契約を交わし、ちょうど試作中だった改修型を引き渡す事で合意した。

中国では「F-7Mエアガード」と名付けられた機体は、従来のF-7とは一線を画する機体である。

エンジンは「渦噴‐13」だが、パワーアップされ、機首のノーズコーンが大型化されてレーダーを装備した。

コクピットにはHUDが付けられ、デジタル式火器管制装置もパキスタンの要望でつけられた。

何より現代型に改造されたこれらの機器は、全てアメリカや欧州製であることが最大のポイントである。

加えて射出座席もマーチン・ベイカー製に変えられている。

制裁など政治的にうるさい事を言わず、オプションにも応じてくれる中国はパキスタンにとってはありがたい存在であった。

パキスタン向けF-7は主翼を変えた新型で、同国は「F-7Pスカイボルト」と呼んでいる。

ミグ19の中国版である「F-6」を、パキスタンは攻撃機として導入した経緯があり、「F-7P」は200機以上がパキスタンに輸出されたのである。

画像
        ↑パキスタン空軍のF-7P「スカイボルト」(ウィキペディアより)

上はパキスタン空軍のF-7Pの素晴らしい写真。

最大の特徴は、主翼がオリジナルのクリップドデルタではなく、途中で後退角が変る「ダブルデルタ」に変えられている事である。

F-7の殆どはオリジナルのクリップド・デルタ翼と水平尾翼の組み合わせだが、このF-7Pは中国のオリジナルで、高速性と機動性が向上している。

写真の機体には4発の空対空ミサイルを装備しているが、これはアメリカ製「AIM-9サイドワインダー」である。

F-7M/Pはこのサイドワインダーの他、フランス製のマトラ・マジックR550も搭載できる。代わりに胴体の機関砲は従来の30ミリ砲ではなく、23ミリ砲1門に変えられている。

ソ連のミグ21も、どんどん改良が続けられ、機器を増やしたが、もともとコンパクトな機体だったために胴体背部に大きなフェアリングをつけたり、あちこちに小さなフェアリングを増やして「はみ出た」部分を隠していて、最終型では初期の「F」型より30%近くも重量が増えてしまった。

ソ連製の電子機器も、70年代までは遅れており、コンパクト化が出来なかったからだ。

しかしF-7ではコンピューターが普及したおかげで、機器のコンパクト化・ソリッドステート化が可能になり、胴体は殆ど「F」型と変っていないのが特徴である。

画像
        ↑上方から見たF-7P(アメリカ空軍提供)

風防もオリジナルは全体が前方に開く1ピースタイプだったが、F-7Mでは通常のタイプに変えられ、ガラス部分が膨らんでパイロットの視界と居住性を向上させている。

現代機に比べると、電子装備の能力は限定的で、ミグ21・F-7最大の欠点である航続距離の短さは変っていない。

だがミグ21より大型の増槽を主翼に取り付けられるようになったので、航続距離はかなり改善されていると言う。

パキスタンと敵対する大国インドも、実はミグ21を多数保有しており、ライセンス生産もしている。

画像
       ↑インド空軍のミグ21FL「フィッシュベッドD」(ウィキペディアより)

インドのミグ21は中期型の「フィッシュベッドD」を改良・ライセンス生産したもので、外観は微妙に違うのだが、敵対国同士が同機種を運用している珍しいケースと言える。

両者がガチンコ対決した、と言う話は聞かないが、識別信号やレーダーがあっても目視状態では「同士討ち」になってしまいそうだ。

最もパキスタンに対する制裁は、のちに解かれて現在の主力はF‐16。

F-7Mも現役にあるが、防空や副次的な任務に就いているようだ。

F-7およびF-7Mは17カ国に採用され、転換練習機の複座型「FT-7」だけ買う国もある。

これは純粋にパイロットの養成に使うもので、イランなどがFT-7だけを導入している。

画像
         ↑イラン空軍のFT-7(ウィキペディア英語版より)


また上記のように機体の支払いを現金値引きする代わりに、相手国で資源採掘権や輸出品の優遇措置などを条件にしてF-7を導入した国も多い。

特にアフリカ・アジア諸国に多く、ミャンマーやバングラデシュ、スリランカでは唯一の超音速戦闘機として防空任務に就いている。

画像
        ↑バングラデシュ空軍のF-7M(ウィキペディア英語版より)


画像
         ↑ミャンマー空軍のF-7M(ウィキペディア英語版より)


アフリカ・中東諸国では、冷戦時代にソ連からの供与でミグ21を使っていたと言う例が多く、生産中止になったこともあってF-7を購入したと言う国が殆どだ。

経済が良くなく、資金が不足している、もしくは情勢からすぐにでも機数を揃えたい場合にはF-7は「頼り」になる存在であった。

F‐4、ミラージュ、F‐16を使っているエジプトも180機程度のF-7を購入し、老朽化した旧ソ連製のミグ21と交替させた。

アジアでは上記の4カ国のほか、北朝鮮がF-7Mを100機前後運用していると言われる。

アフリカ・中東ではイラン・イラク・エジプト・イエメン(統一前の南イエメンも含む)・スーダン・ジンバブエ・タンザニア・ナイジェリアが採用し、ヨーロッパでは80年代に唯一アルバニアが採用している。

これらの国を見ると、ある一定の法則が見えて来る。

例えばアジアでは、パキスタンを始めインドの「周辺国」が全てF-7を使っている事である。

中国とインドも敵対関係にるのと、周辺諸国も似たような状況にあるからであろうか。

「弟分」の北朝鮮は仕方ないとして、アフリカ諸国は内乱が多いきな臭い国ばかりで、中東諸国も同様だ。

既に退役させた国もあるが、当初は中国側のアフターサービスが劣悪で、運用出来なくなった国もある。

どうも損得勘定が極端なようで、利害が一致するパキスタンではあまり問題は起きていないようだ。

当初の「J-7」も、エンジンの耐久性が悪く、稼働率が低かったと言われる。

元々ソ連製は「大量生産」して、ダメになったら取り換える・・と言う「使い捨て」しそうで作られており、ジェットエンジンも同様だった。

初期のミグ21をの「R-13」エンジンの寿命は100時間にも満たず、耐久性は第二次大戦中のそれと大して変わらなかった。

整備して長持ちさせるのではなく、限界寸前まで放置して、止まる前に「丸ごと」取り換えると言う、荒っぽい方式だ。

これは大戦でソ連が会得した「勝利の法則」だった。

高性能の兵器ではなく「そこそこ」で良い代わりに、大量に作れるものこそ法則の大前提だった。

例えば大戦中、ナチス・ドイツは最強の戦車「ティーガー」を作り、ソ連に対抗できる重戦車はなかった。

その代りそこそこの性能を持つ「中戦車」のT-34を大量に作り出した。

ティーガーは極めて精密で高性能だったが、ドイツの高い工業力を使っても月産30台がやっとであったのに対し、ソ連はT-34を月産にして1,000台以上も生産できた。

車体を鋳造だけでなく、金属板を「打ち抜く」方法で鉄板を作り、溶接する事でバタバタ作ったのである。

作りは荒く、決して高性能ではなかったが、作りやすく、故障したり撃破されても代わりは尽きないほど合ったのである。

飛行機も同じ思想で作られており、超音速機でも作りは荒削りだった。

エンジンも精密さより大量に作れる砲を選んでおり、コストなど無視する社会主義的思想の賜物だったと言える。

F-7も同じ思想で問題はなかったはずだが、80年代までは中国の技術自体が遅れており、稼働率が上がるまで相当の時間がかかった。

さすがに中国空軍では前線部隊からは退役したようだが、訓練部隊や予備部隊用に「J-7」が残存しているようだ。

F-7は「デッドコピー」か、それとも「魔改造機」か?

ミグ21は75年に生産が終了したが、なんとF-7の最終号機が工場を出たのは2013年である。

更に複座型のFT-7に至っては、バングラデシュ空軍に「昨年」納入されていると言うから驚きだ。

本家では40年も前に生産が終わっているのに、中国では昨年まで作っていたのである。

しかもちゃっかり「中国のオリジナル機」として。

中国は「コピー」文化で、今や世界中から顰蹙を買っているが、始末が悪いのはどう見ても「デッドコピー」なのに、それを中国オリジナルと言って、「最高品質」と言って売りつける事だ。

良い例が高速列車で、中国初の高速列車は日本の「E2」系をフィードバックさせたものだ。

ならば「オリジナルは日本製だが、中国がより良くしました」と言えば良いのに、「全くの中国オリジナルで、日本の新幹線より高性能」と謳って海外で売りまくろうとしている事だ。

ずるいとかサギとか、殆ど同様だと思うが、万が一故障や事故が起きると知らんふりして、言い訳するから始末が悪い。

「安かろう悪かろう」は、ようやく世界が分かってきたようだが、それでも「デッドコピー」品は止まらない。

F-7は一応熟成された感があって、「F-7P」は確かに中国オリジナルと言って良いと思う。

主翼と中身以外は同じなので「魔改造」の域に入るかどうか、ちょっと難しい。

だが主翼が変るだけで、殆ど別機と印象を与えるからやはり「魔改造機」の仲間だろう。

アフターサービスが最悪・・となると、どこか「100均」的な感じがする。

激安だけど、品質保証は短いですよ・・・みたいな。

返却は可能ですが、交換は出来ません・・・がF-7最大の特徴かも。

中国製とは言え、2018年にピカピカの新品同様の「ミグ21」がまだあるのかと思うと、中国と言う国は先進的なのか、真逆なのかよくわからない国に思えて来る。



今日は肌寒さにも関わらず、泉中央は人出が非常に多く、熱気にも似た風景があった。

夜ユアスタではサッカー・ベガルタの試合(ルヴァン杯」があり、平日でも多くのサポーターが訪れていた。

帰りに寄った駅ナカカフェも、ちょうど終了時間とかち合い、満席に近かった。

アリオでは16時頃から外まで伸びる行列で、ちょっとしたパニック状態。

何事かと思ったら、アイスクリーム専門店が今日限りの「100円」セールだったそうで、2〜300人は並んでいただろう。

殆どが学校帰りの高校生で、まるで文化祭みたいだ。

高校生に混じって、良い歳のオッサンが並んでいるのはどうよ?(私じゃないです・笑)

とにかく賑やかな泉中央だった。

閉店前に終了させて、静かになったが、以前は閉店時間を過ぎても行列が途切れなかった事がある。

私も実は大のアイスクリーム好きではあるが、さすがに並んでまで食べたいと思わない。

それに最近は隣のカフェ「ドトール」で始めたソフトクリームがお気に入りで、そちらを食べた方が良いのだ。

しかも「コーン」じゃなくてたっぷりの「カップ」。

ここだけのオリジナルメニューだそうだから、一度いかが?

この頃毎日食べてたりして(笑)。




元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

肌寒さは明日も続きそうです。

体調管理には、充分注意して下さい。

雨も降りそうですので、外出には気をつけて下さい。

君はアイスクリームは好きでしたか?

そう聞いたように思いますが、どうでしょう?

書いたように私は人知れず、アイスクリーム好きでソフトクリーム大好き人間です。

特にソフトクリームは、目に就けば必ず食べてしまいます。

君と一緒に食べてみたいです。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。



朝霞 たなびく野辺に あしきひの 山ほととぎす いつか来鳴かむ(万葉集巻十 1939 夏雑歌)



☆今日のバス

1269号車 06年式いすゞエルガ(LV234L1) 泉営業所

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