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zoom RSS 飛行機ネタ・練習機でもエレガントなアルファジェット(5月8日 曇り 13℃)

<<   作成日時 : 2018/05/09 02:41   >>

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季節の逆戻り。仙台は3月下旬から4月上旬並みの気温で、しまった上着や衣服を引っ張り出した人もいた事だろう。

冷たく湿った海風「ヤマセ」がべったり低い雲を張り、気温は全く上がらない。

5月になって「寒い」と言う言葉を聞く事になろうとは…過去には雪が降った事もあるから、決して異常事態と言う訳でもないのだが。

週末には天気は持ち直して、気温は上がると言うが、少なくとも明後日まではこの湿気寒さが続くと見られる。
予報でわかってはいたけれど、実際体験すると確かに季節が逆戻りしたようで、戸惑ってしまう。

この夏は猛暑だと予想されているが、多分違うだろう。

春先の暖かさ、暑さは前取りみたいなもので、梅雨が長くなりそうな気がする。

暦の上では夏を迎えつつあるが、季節がここで行きつ戻りつを繰り返すと言うのは、何かの前兆に思えるのである。



飛行機ネタ。

軍用機のパイロットになるには、高度な適性検査が必要な事は言うまでもないが、どの世界でも同じく一人前になるには非常に時間と経費がかかる。

どこの国でも事情は同じだが、パイロット候補生となった若者は、当然ながらパイロットの資格を取らなくてはならないし、そのほかにも取得しなければならない資格や知識、技術は山のようにある。

とにかく飛行機に乗る前の過程が長く辛く、だからこそ「選ばれた者」になる事が出来るのだ。

国によって事情は違うが、パイロット候補生は資格を取るとまず「初等練習機」に乗って、操縦の根本を徹底的に叩き込まれる。

それをクリアして初めて「ソロ」に格上げされるが、うるさい教官がいなくなる代わり、無事着陸するまで全て自分の責任で飛ばさなくてはならない。

初等過程をクリアすると、ようやくジェット機に乗る事が出来る。

再びうるさい教官が後席に座るが、プロペラ機の初等練習機と違い、練習機とは言えジェット機だから、操作の全てが違い、かつ複雑で難しい。

たいていは速度の違いが、対応の違いとなって戸惑うと言う。

ジェット機での訓練が始まると、再び適性が問われ、ある程度希望を聞いてもらえるが、素質次第で戦闘機、輸送機、ヘリコプター過程に振り分けられる。

戦闘機過程に進んだ候補生は、更に厳しい訓練が待っている。

これまでは正しく「飛ばす」事を要求されたが、今度は「実戦」である。

考えられる飛行の全てを取得しなければならず、それは危険な飛行もわざわざ体験する事で、頭より早く身体に覚えさせなければならない。

最近は高度なシュミレーターが開発され、3Dを駆使して、実機同然の飛行訓練が可能になって、訓練プログラムは簡素化されたが、所詮「疑似体験」であり、実機による訓練は不可欠である。

例えば航空自衛隊では、以前まではジェット機過程も初等から高等訓練と3段階に分けられ、言わば「やさしいジェット機」から「難しいジェット」にステップアップして、初めて正式なパイロットになれたが、今はジェット機の練習機は国産の「Tー4」のみで、初等から高等訓練過程を行い、シュミレーター訓練が補足する。

これにより、戦闘機パイロットを育てる時間と経費はかなり削減されている。

海外でも先進国の殆どは日本と同じく、シュミレーター訓練を併用した簡素化された過程が主流である。

練習機は大儀で国防に関与するが、現実的には「戦力」とはならない。

戦力たるパイロットを育てる重要な役目はあるが、作るにも保持するにも実戦機同様の手間がかかる事は間違いない。

故に練習機はなるべく長持ちするに越した事がなく、かつ訓練生に役立つ機体でなければならない。

実戦機ほど維持費はかからないにせよ、開発・生産には同様の手間と経費がかかるので、出来るだけ長持ちする機体が望ましい。

同時に自前で練習機を開発出来ない国にも輸出する事が可能で、外国でも「ウケる」機体が良い。

練習機は基本的に無武装だから、政治的な絡みは少なく、売りやすい軍用機なのだ。

それでも冷戦後、各国の軍事費削減の流れは止まらず、自前で練習機を開発する国は限られている。

冷戦時代も、出来る事なら費用は「戦力」にかけたいのが本音であり、60年代以降は練習機の開発が各国とも苦心していた。

時代は超音速時代を迎え、実戦機は殆ど更新しなければならず、それに合わせた練習機も必要になったのである。

やむを得ず各国は新しい実戦機と練習機を「併用」出来ないか考えた。

つまり既存の機体をベースに練習機、実戦機に発展させるか、どちらにも出来る全く新しい機体を開発するか、である。

戦後多くの国の空軍や海軍は、新しい練習機を必要としたが、いずれも操縦性の素直な機体を練習機に改造したものが殆どであった。

最初に正式なジェット練習機になったのは、アメリカ・ロッキード社の「T-33シューティングスター」だったが、これは第二次大戦中に開発されたアメリカ初の量産型ジェット機「P-80」を複座の練習機に作り替えたものだった。

西側世界では初の本格的なジェット練習機として、各国で採用され、航空自衛隊でも採用された。

作るのは大変だが、絶対必要でもある訳で、空軍力を持つ国にとって練習機は必要不可欠な物であり、限られた予算の中での開発は悩ましいものだった。

そうした中フランスは50年代に初等ジェット練習機として「フーガCM170マジステール」を開発した。

しかし超音速時代に突入すると、より高度な訓練を行うための高等練習機が必須であった。

60年代フランスの航空業界は再編の嵐が吹き荒れており、特に軍用機メーカーは政府の干渉もあって混乱しており、最も作れそうなメーカーのダッソー社は「ミラージュ」の生産・開発で手一杯であった。

特に60年代後半には、イギリスとの共同開発基「ジャギュア」の開発が続けられていた。

フランス空軍はこの「ジャギュア」の複座型を、新しい練習機として使う事を考えていたが、高価なうえに練習機としては高性能すぎた。

現にイギリスは当初「ジャギュア」を高等練習機にしようと考えていたが、高性能のため一転して「攻撃機」として採用する事にしていた。

その為フランスは新たに練習機を開発する必要性に迫られたが、イギリスは既に独自の練習機「ホーク」を開発し始めており、共同開発のパートナーには成り得なかった。

と言うより「ジャギュア」では、機体自体は成功を見たものの、両国の主張の調整が難しく、初期の段階ではかなり難航した経緯があり、イギリスは懲りたと見える。

しかしフランスも早急性に問われており、今度はドイツ(西ドイツ)に共同開発を持ちかけた。

当時のドイツ空軍は練習機ではなく、軽攻撃機を欲しがっていた。

ドイツ空軍は防空戦闘機にF-104Gスターファイター、攻撃機にはイタリア・フィアット社が製造した「G.91」を使っていたが、G.91は旧式化しており、性能も不足していた。

仕方なくF-104Gの一部を攻撃機として使う事にしたが、もともと高速迎撃機として開発されたF-104Gが低空飛行が得意なはずもなく、攻撃用の武装も搭載量は少なかった。

またG.91もF-104Gも単発ジェット機で、初期のエンジンにありがちな故障も多く、事故が多発していた。

ドイツは両機種の代替えとなる攻撃機を必要としており、フランスの呼び掛けに応じることになった。

規格自体はフランスが提出し、国内3社のプランがフランス・ドイツ両政府に提出され、ダッソー社の案が採用されることになった。

ダッソー社はブレゲと合併したばかりで、新型練習機・攻撃機の開発は元ブレゲ部門が担当し、ドイツ側は「ドルニエ」社が担当する事になった。

「ジャギュア」の時はダッソーとイギリスのBACが合弁企業「SEPECAT」を起ちあげ、エンジンも線用の企業を立ちあげたが、今回はダッソー・ブレゲとドルニエの「共同開発」となった。

エンジンはフランスのスネクマ社が開発を担当し、計器などをドルニエが担当。

加えて生産も両国で分割する事で合意した。

そして1973年、生産初号機が初飛行し「アルファジェット」と名付けられた。

「アルファジェット」は基本的に2バージョン作られ、フランスが望む練習機型とドイツ空軍の攻撃機型である。

軽攻撃機なので、大きな搭載量や複雑な電子装備は必要ないため、「ジャギュア」の時に比べれば非常に順調であった。

エンジンは当機の為に開発された「スネクマ・ラルザック」ターボファンエンジンで双発、ドイツ空軍向けはパワーを若干上げてあるが、超音速は必要ないのでアフターバーナーはない。

機体は堅実なオーソドックスな形態で、主翼は緩い後退角を持つ「肩持ち式」である。

肩持ち式だと主脚を主翼に収納できず、胴体につける事になるため、間隔が狭くなる弱点があるが、「ジャギュア」と同様折り畳み式の主脚を採用する事で、間隔を広げる事が出来た。

肩持ち式主翼は、下方視界を得られるため練習機・攻撃機としてはうってつけであった。

コクピットはタンデム式複座で、前後座席は高低差を充分確保してあり、後席からの前方視界は良好である。

外観上の違いは、フランス機は機首が丸くなっており、内部にレーダーはない。

丸くなった機首は、失速時に回復しやすい形状のためで、他の練習機の機首も丸まっているのはそのためだ。

練習機では飛行中にわざと失速させ、スピン(切りもみ)させる事が必須なので、回復しやすい形状が要求される。

双発のため万が一1基が停止しても飛行に支障がないように、接近して取り付けられている。

主翼には2か所のハードポイントが付けられ、ドイツ機ではここにロケット弾ポッドや爆弾を搭載できる。

また胴体下には、任意でドイツ製の「マウザー27ミリ機関砲ポッド」が取り付けることが出来る。

フランス機は純粋な練習機として「アルファジェットE」(フランス語の学校を意味するe'coleの頭文字)、ドイツ空軍仕様は攻撃を示す「アルファジェットA」とされた。

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       ↑フランス空軍のアルファジェットE(ウィキペディアより)

アルファジェットは78年から納入が始まり、フランス空軍は176機、ドイツ空軍も175機導入した。

操縦性は素直で扱いやすく、それでいて機動性と低速での安定性も良かった。

主翼には練習機としては、初めて前縁に失速予防の「ドックツ−ス」(切りかき」がつけられていて、これが亜音速飛行時に運動性をもたらす。

フランス空軍は中等・高等練習機として、訓練の合理化を図り、パイロット養成の時間を大幅に短縮する事に成功した。

当時プロペラの初等課程を終えると、ジェット転換過程では「マジステール」が充てられていたが、80年代にはアルファジェットに統合されている。

ドイツ空軍の「アルファジェットA」の機首は尖っていて、ダッシュ力をつけている。内部には簡単なレーダーが取り付けられており、限定的な全天候能力を持つ。

ドイツが最も懸念していた単発機による事故は、アルファジェットの就役により低下する事になったが、攻撃機の主武装はミサイルになりつつあり、簡素な電子装備しか持たないアルファジェットでは全ての任務をこなす事はミリがあった。

結果ドイツ空軍や海軍は、危険なF-104Gを攻撃機として使わざるを得ず、本格的な攻撃機「ト‐ネード」を待たねばならなかった。

それまではアルファジェットをF-104Gの補佐的な役割として、2機種を運用する事になる。

それでもアルファジェットは故障も少なく、現場では好評だったと言う。

また攻撃用の火器管制装置、HUDもついており、性質を考えれば充分すぎる機体でもあった。

ただ音速機ではないので、高速低空侵入が出来ないのが玉にきずであった。


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        ↑ドイツ空軍のアルファジェットA(ウィキペディア英語版より)


両国合わせて約350機が生産されたが、途上国を中心に興味が引かれ、10カ国に輸出された。

輸出分に関してはフランスが生産を担当したが、アフリカや中東諸国は攻撃機型の「A」型の発注が多く、練習機型はヨーロッパ諸国が主流である。

途上国にとっては安価でありながら、攻撃機としての性能を持つアルファジェットは非常に魅力だった。

内戦の多い国では、軽攻撃機こそ重宝するのである。

そこでダッソー・ブレゲは独自に、E型ベースの攻撃機型を輸出専用機として生産する事になり、「A」型同様のレーダー・攻撃システム・HUDを装備した「アルファジェット2」を開発し、輸出に振り向けられた。

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     ↑ナイジェリア空軍の「アルファジェット2」(ウィキペディア英語版より)

生産は92年まで、実に18年間も続けられ、150機近くが輸出された。

アルファジェットは、その後の練習機の形態を確立させた革新的な機体である。

小型で扱いやすく、肩持ち式の主翼は視界が良さもさることながら、地上での取り扱いも容易である。

小型の双発ターボファンエンジンも、高い機動性を誘発する。

日本では80年代に国産で開発した「川崎T-4」が、航空自衛隊の練習機になっているが、形態はアルファジェットのものを踏襲している。

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           ↑川崎T-4(ウィキペディアより)

機動性が良いのは練習機として必須であり、各国ではアクロバットチーム機として採用されることも多い。

フランス空軍のアクロバットチーム「パトルイユ・ド・フランス」では、それまでのマジステールからアルファジェットに交代し、30年経た現在でもフランス空軍の宣伝係として世界中で素晴らしい飛行を見せている。

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     ↑「パトルイユ・ド・フランス」のアルファジェット(ウィキペディア英語版より)


ドイツ空軍では2000年代初めに引退し、「ト‐ネード」に交代したが、中古機として放出している。

ヨーロッパではベルギーやポルトガルが「E」型を導入したが、ポルトガルはドイツの「A」型も中古で導入している。

機数が増えたことで、同国のアクロバットチーム「アジャス・ド・ポルトガル」も、それまでのT-37からアルファジェットに機種変更し、現在も使用中。

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     ↑「アジャス・ド・ポルトガル」のアルファジェット(ウィキペディア英語版より)

フランス空軍では現在も主要練習機として70機以上が使われており、後継機種の予定はない。

ただいずれも製造から20年以上経っているので、構造強化など更新計画はあるようだ。

アルファジェットは「国際共同」機ではあるが、そのスタイルはジャギュア同様「フレンチテイスト」が強く現れている。

フランスが主導と言う形での開発だったので、仕方ないのだが、ドイツも要求通りなら「お任せ」という立場を取った事が、順調な開発を促し、成功作となったと言える。

練習機では現在も各国で悩みの種。

基本的に長く使う事を前提としてはいるが、どこも30年以上経っており、先に書いたようにシュミレ―タ‐の進化で新機の開発に地団駄を踏ませている。

アメリカ空軍では「T-38タロン」が使われているが、こちらは原型初飛行から半世紀経っており、更新計画はあるが、歩みは非常に遅い。

その為単純で安価な単発か、安全で多用途性を持てる双発かでさえ、明確な答えは出ていない。

実戦機の様なそれこそ明確な要求が持てないため、これだと言う概念は確立できないのだ。

かと言って老朽化させたまま・・と言う訳にも行かず、各国は苦悩している。

21世紀になってイタリアや韓国が、軽攻撃機としても使える練習機を開発し、途上国を中心に僅かではあるがセールスを伸ばしているが、いずれも小型のターボファンエンジン双発である。

一方時間は遡るが、単独開発を選んだイギリスは「ホーク」を完成させた。

開発・初飛行・配備はアルファジェットとほぼ同時期だった「ホーク」は、BAe(現BAEシステムズ)が開発した、単発の練習機である。

エンジンは「ジャギュア」用に作った「RR・チュルボメカ・アドーア」の、アフターバーナーなしで流用し、開発費用を極力抑えた。

機体は低翼で、アルファジェットとは対照的である。

加えてアルファジェットと同じく、武装も可能で、自衛用の空対空ミサイル「サイドワインダー」も運用できる。

純粋な練習機としてはイギリス空軍が採用したが、最初から軽攻撃機としての輸出も認識しており、各国の要求に合わせた仕様装備が可能であった。

何より既に実績のある「アドーア」エンジンのおかげで、アルファジェットより安価であった。

共同開発の欠点は、最初から生産数をおおよそ決めておく必要がある事である。

逆に独自開発であれば、メーカーの都合さえ付けば生産はいつまでも続けられる。

これが両機のセールスを決定づけることになる。

また低翼・単発は、緊急時の心配はあるが、堅牢な作りで会って、整備性は良かった。

「ホーク」は15カ国以上に輸出され、BAEシステムズでは途上国向けに「単座」の純粋な攻撃機「ホーク200」も開発。

画像
        ↑イギリス空軍の「ホークT.1A」(ウィキペディアより9


通常型と合わせて900機以上が生産され、現在も続行中である。

特に、アメリカ海軍の練習機として採用されたのは大きい。

正確にはマクドネル・ダグラス(現ボーイング)がライセンス生産権を取り、独自の改修を施す事で「艦上練習機」にしたのである。

「T-45ゴスホーク」として正式採用され、空母の離着艦訓練機として200機以上が生産された。

アメリカ海軍では単発機である事が心配だったが、低翼機なので主脚の幅が広く強化しやすい事もあって、採用に踏み切った。

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        ↑T-45ゴスホーク(アメリカ海軍提供)

T-45を含めれば、1,000機以上生産された事になり、戦後の練習機としては最大の数を更新し続けている。

機体の性能としてはアルファジェットの方が優れていると言われるが、生産体制に融通が効かなく、半ば強制的に生産を終了せざるを得なかったのと違い、「ホーク」は40年経った現在でも進化を続けつつ生産されている。

イギリス空軍のアクロバットチーム「レッド・アローズ」でも採用され、こちらも世界中を廻っている。

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        ↑「レッド・アローズ」のホーク(ウィキペディアより)

私個人としてはフランス機ファンであり、デザイン的にもアルファジェットの方が好きである。

日本のT-4に大きな影響を与えているのも、好感を持つ理由の一つだが、練習機でも流麗なデザインを忘れない、フランス流の「こだわり」が良い。

それでいて性能を犠牲にすることなく、それ以上の性能を持たせているのだ。

最も練習機は実戦機より、性能の要求はシビアであり、柔軟性に優れた「ホーク」の方がウケたのも納得できる。

フランスではアルファジェットの再生産は可能だとしており、80〜90年代に計画だけで終わった改修型が後継機種になる可能性は否定できないと言う。


模型ファンとしては、やはり練習機の人気は低く、なかなか模型かされることは少ない。

アルファジェットもホークも、一応は模型化されているが、どれも開発時期は古い。

両機が登場した辺りに開発されたキットが殆どで、各スケールでは販売されていない。

いくつかデカール変えキットでアクロバットチームを再現できるようになっているが、ずらっと各国のアクロバットチーム機を作って並べたら綺麗で格好良いと思うが、バリエーションと言う点でメーカーも模型化しにくいのが練習機なのだろう。

特に欧州機は日本では馴染みがないので、古いキットしかなく、唯一「フジミ」が両方を1/72でキット化しているが、生産休止品。

アルファジェットの方が出来が良く、ホークの出来はイマイチ。

ホークならば自国イギリスのエアフィックス社が新しい金型で発売したが、輸入品故意外と高価で、やはり練習機に高価なキットは・・・実機同然の悩み。

フランス唯一のメーカー「エレール」社はもちろんアルファジェットを出しているが、これも実機登場時の古いキット。

模型としては、ちょっと魅力と言う点で欠けるのが練習機の悲しい現実だろうか。

軍用機としては最も地味な存在ではあるので・・・。




仙台では雨こそ降らなかったが、とにかく肌寒く、今にも雨が降って来そうな夜空だった。

予報では明日午前中雨の予報で、最高気温は今日より低い11℃。

札幌より寒い。

今日は東京も肌寒かったと言うが、旅行などで仙台に来た人はさぞかしびっくりした事だろう。

藤の花も咲き始め、ツツジも満開が近いと言うのに・・・。

天気は周期的で、気温も上下を繰り返しそうだと言う。

夜にバスを待っていたら、地下鉄から降りて来た大学生くらいの女の子が半袖・ミニスカート姿だった。

しかもTシャツの袖は短く、フリルノースリみたい。

おいおい、今日の昼間って暑かったか・・・。

よく見たら手には上着を持っており、外に出ると同時にちゃんと着こんで行った。

恐らくずっと室内にいて、暑くて脱いだまま外に出ず地下鉄に乗ったのだろう。

でも今日は室内でも、半袖とミニスカートは寒いと思うが・・・。

まあ若いから少しぐらいは平気なのだろう。

暖房などいらないが、うっかりすると体が冷える。

なんとも変な天気で、気分も憂鬱になってしまいそう。




元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

気温差で体調を崩していませんか?

喉や鼻、大丈夫ですか?

君も仕事場では、半袖姿になっているかも知れません。

調節が大変だと思いますが、少し暑く感じても1枚羽織るものを忘れずに。

明日は雨が降りやすそうなので、外出の際には気をつけて下さい。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。



あしきひの 山より出づる 月待つと 人にはいひて 妹待つ吾を(万葉集巻十二 3002 物に寄せて思を陳ぶ)



☆今日のバス

2463号車 14年式三菱ふそうニューエアロスター(MP38FK) 富谷営業所

538号車 14年式三菱ふそうニューエアロスター(MP38FK) 泉営業所

マニアとして同型車と言うのは面白くないが…実は38系エアロは泉地区に4台しか配置されておらず、最新型なのに確率は4台だけと「レア車」なのだ。

しかも市営バスでは導入されていないので、県内では宮交の全8台だけである。

宮交は完全に290エルガがお気に入りで、当初は15台と言われていたが、既に40台を越えて最大勢力になった。

聞けば38エアロは高価で、290エルガより100万円以上高いとか・・・。

その分確かに「高級」なのだそうだが、それはハードの部分で、乗客にはあまり関係がないので安いエルガを導入しているようだ。

装備やエンジン、ATなど38エアロの方が性能が良く、故障も少ないそうである。

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