CRECHANのブログ 「風の道」

アクセスカウンタ

zoom RSS 飛行機ネタ・悪魔と呼ばれたMil-24ハインド(6月23日 晴れ時々曇り 27℃)

<<   作成日時 : 2018/06/24 03:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

土曜日。2週続けて天気に恵まれなかった週末を一気に取り返すような、朝から「夏の」日差し。

暑くなる事は充分予測できるものの、意外と爽やかな暑さで済んだ。

もちろん外で活動するには、熱中症対策が必要だが。

しかし午後からは何故か日差しが途絶えて、曇ってしまった。

湿った海風が早めに入り込んだ為に、雲と言うより霧のようなものが上空を覆ったのだ。

午後から楽天スタジアムでは、プロ野球・イーグルスのホーム試合が行われたが、少し曇ったせいで観戦は楽だっただろう。

先日梨田監督の突然の引責辞任など、全く良い所なしのイーグルスだが、今日の先発、仙台出身の岸投手の好投で日ハムに勝利。

今日は「レディースデー」だったそうで、スタンドはピンク色のレプリカを着た女性ファンでいっぱい。

「イーグルス女子」は年齢に関わらず、たくさんいるようだ。

いつか全天候型のドーム球場になって欲しい、と思うファンは多いだろう。

夏場は暑いし、開幕戦の辺りの仙台はまだ冬の延長線上。

新しく加入した選手は、仙台の寒さに驚くと言う。

いつも思うのは、スタンドをひっきりなしに行き交う「ビール嬢」達。

ネットなどではよく話題になっている。

各メーカーの派手で可愛いユニフォームは、アイドル並みの人気。

各球場にファンが多いと聞く。

だが見た目とは裏腹に、彼女達は重労働。本来は男性がやるべきなほど過酷。

彼女達が背負っているビールのタンクは、ガスが封入されており、満タンだと10キロ以上になると言う。

カップや釣り銭なども持ち歩く。

更に階段があるとは言え、急斜面のスタンドを何度も上り下りする。

肉体労働、と言うのは失礼かも知れないが 、余程体力に自信がないと、とても務まらないらしい。

またドーム球場であれば、夏場でもエアコンが効いている、そうでない球場は更に過酷。

ナイターならまだ良いが、デーゲームだと熱中症は大丈夫かと心配になってしまう。

球場にも寄るらしいが、売り上げでの報酬アップがあるそうだから、若い彼女達は頑張り過ぎてしまいそう。

仙台だと開幕戦前後は、逆に寒くて大変だと聞く。売り上げも鈍いし、ユニフォームによっては、まだ雪が降る可能性がある季節でも半袖だったりするそうだから、シーズン通して大変な仕事だ。

学生さんのアルバイトが大半だと聞くが、中にはベテランもいるそうで、売り上げ競争も過酷。本当にご苦労様だと思う。

飛行機ネタ。

以前とある雑誌上で、航空評論家が「攻撃ヘリ不要論」を書いていた。

不要である、と言う持論ではなく、時代にそぐわなくなって来ている、と言う話だ。

ヘリコプターは最も多用途性に富む航空機であり、民間では「ドクターヘリ」など緊急救援には欠かせない航空機である。

また報道や警察の他、輸送などにも適しており、今後需要は益々増えると見込まれている。

ヘリの最大の特徴は、垂直離着陸・空中停止(ホバリング)が出来る事にあり、災害では人命を救う重要性が非常に高い。

軍用ヘリでも、大半は物資の輸送や救助、海上哨戒など、どちらかと言えば後方支援が主体である。

しかしヘリの特性は、そうした救援や輸送だけでなく、「兵器」として利用する事も当然ながら考えられた。

ヘリコプター自体は第二次対戦中に発明されたが、本格的に量産されたのは戦後からである。

初期のヘリコプターは性能、信頼性が低く、ほとんどが輸送だけであった。

ヘリコプターが本格的に兵器として運用されるようになったのは、60年代のベトナム戦争であった。

深いジャングル戦を強いられた米軍は、前進基地を作れない為、兵士は多数のヘリで輸送した。

ヘリならば、長い滑走路は必要ないから、せいぜい数十メートル四方を確保すれば離着陸が可能だ。

また兵士を乗せて、敵の背後に降下させる「ヘリボーン」は、戦術上大きな効果をもたらした。

ベトナム戦争では数万機のヘリが動員され、さながら「ヘリ戦争」と言っても良いくらいだった。

しかし戦争が泥沼化し、北ベトナム軍はゲリラ戦を展開し始め、米軍ヘリの被害が増え始めた。

基本的に輸送ヘリは無武装。

着陸の為速度と高度を落とすと、ジャングルに隠れて待ち伏せする北ベトナム軍には、目をつぶっていても「当たる」ほど、格好の的であった。

そこで米軍はヘリの機内に機関銃を備えつけ、敵の攻撃を防御した。

専門の銃手が常に機関銃を構えて警戒し、地上からの攻撃に備えた。

また敵が潜伏しているとわかると、上空から機関銃を撃って掃討するのだ。

そのうち、ヘリの胴体に機関銃やロケット弾を固定させ、攻撃専門のヘリが登場したが、あくまで輸送ヘリに武装を施しただけであった。

そこで攻撃に特化したヘリ「攻撃ヘリ」が開発され、ヘリコプターの名門ベル社が開発した「AH-1コブラ」が戦場に投入された。

メカニズムは既に大量生産され、ベトナムで大活躍していた輸送ヘリ「UH-1イロコイ」をベースにしていたが、完全な攻撃ヘリで、汎用性は全くない。

乗員2名で、戦闘機のように前後に座るタンデム式複座で、座席は高低差があり、パイロットは後席である。前席は「ガンナー」で、機首には20ミリ3連装機関砲が装備され、ガンナーはリモコンで操作する。

機関砲は回転可能なターレットについており、上下左右方向に動かせた。

これならば進行方向以外の目標を攻撃出来、何よりパイロットは操縦に専念できるメリットは大きかった。

胴体に取り付けた小さな翼には、ロケット弾などを搭載し、輸送ヘリの護衛や露払い役に貢献したのであった。

以降攻撃ヘリの有用性が認められて、アメリカはもちろん、各国が開発を進める事になる。

攻撃ヘリが一躍有名になったのは、79年のソ連による「アフガニスタン侵攻」であろう。

西アジアの小さな内陸国のアフガニスタンは、当時社会主義政権だったが、独裁体制でもあった。

政府は汚職などの腐敗が蔓延し、政党内では権力抗争も深刻であった。更に複雑な民族構成を持つ同国は、政府に反感を持つ勢力が台頭し、テロや内乱を頻発させていた。

そこでアフガニスタン政府は、「同盟国」であるソ連に支援を求めた。

アフガニスタンは国内安定化を理由に武器の援助を求めたが、政府内自体が分裂状態にあり、軍は機能していなかった。

と言うより、独裁と汚職まみれの政権に軍が反旗を翻しており、殆どコントロールが出来ていない状況にあった。

ソ連の最高指導者ブレジネフは、同盟国として当初は短期間の派兵を考えていたが、政府内の分裂と大統領の交代や「ムジャヘディン」と呼ばれるイスラム原理主義の反政府ゲリラが全国で反乱をおこし始めたため、あとに引けない大量・長期の派兵になってしまった。

ソ連はアフガニスタンの政府を完全な統治下に置く事で、全土に軍を拡大させ治安維持を図ろうとした。

しかし「ムジャヘディン」自体が一枚岩ではなく、各地で武装闘争を起こし始めたため、収拾がつかない状態になっていた。

即ちソ連軍は複数のイスラムゲリラと戦う事になり、中枢を破壊すれば済むと言う問題ではなくなってしまったのである。

同時にアフガニスタンの事情をよく知らずに侵攻したソ連軍は、同地の過酷な気候に慣れておらず、兵器の可動率は低下した。

また国連決議において、派兵は「侵攻」と断定されたため、政治的にソ連は孤立し、ワルシャワ条約軍などの同盟国の支援を促すことが難しい状態にあった。

冷戦時代だったため、国連決議に反する同盟国の参戦は、ヨーロッパでの防備を薄くすることになるとともに、NATOへの良い口実になりかねず、ソ連は自分だけでアフガニスタンの処理をしなければならなかった。

更に決議のおかげで、アメリカはゲリラに武器等の支援を公然と行う事が出来、ゲリラは実力を増していたと同時に、武器の保有も増加したのである。

途上国だと言う、ソ連の差別的な見下しは、大きなヤケドを追う事になり、完全撤退が終了するまでの10年間、ソ連は莫大な軍事費と1万4千人の死者、数倍の負傷者を出したのであった。

当時のソ連は膨大な兵力を有していたが、その戦略は対外的な侵攻を行うものではなく、隣国とは言え数千キロの輸送ルートで膨大な兵力を送り込む力はなかった。

アフガニスタンには、最大11万のソ連軍が駐留したが、最後までゲリラの戦闘力をつぶすことが出来ず「第二のベトナム」として、ソ連最大の汚点を残した。

その戦いの中で、最も威力を発揮したのが、攻撃ヘリ「ミルMi-24ハインド」であった。

場とナムの戦訓を見たソ連も、専用の攻撃ヘリの開発に着手し、大型輸送ヘリ「Mil-8」をベースに新しい攻撃ヘリを69年に完成させ、70年代初頭に就役させていた。

アメリカと違うのは、「AH-1コブラ」の様な、攻撃に特化した機体ではなく、ある程度の輸送力を残しつつ攻撃力を持たせた所にあった。

画像
           ↑ロシア陸軍のMil24PN(ウィキペディアより)


ベースとなった「Mil-8」は大型の汎用輸送ヘリで、「ハインド」も輸送能力を残すように設計された。

これは攻撃能力を持ちつつ、兵員を敵地に着陸させる「ヘリボーン」が、当時のソ連軍の根本的戦術であったからである。

キャビンには武装兵士8名の他、最大2トンの物資を積む事が出来、負傷者や病人を乗せる担架も装備出来た。

「ハインド」はヘリの「多目的機」でもあったのである。

画像
          ↑Mil-8「ヒップ」輸送ヘリ(ウィキペディアより)


初期の「A」型は、操縦席が広く大きなガラス張りになっており、機長と副操縦士は並列に座る通常の方式を取っていた。

胴体横に張り出した小さな翼「スポンソン」には、ロケット弾ポッドを吊るし、機種の「アゴ」部分には12.7ミリ機銃が装備されていた。

A型は若干「付け焼刃」的な攻撃ヘリで、専用の攻撃システムは持っておらず、輸送ヘリに攻撃兵器をつけた・・と言う感じであった。

画像
           ↑初期型の「ハインドA」(ウィキペディアより)

配備後数年ですぐに改良型「D」型に生産が移され、この型がアフガニスタンに派遣された。

D型は、攻撃システムを大幅に見直した機体で、コクピットを〔コブラ〕と同じくタンデム式複座に改め、同じく前席にガンナー、後席にパイロットが搭乗する。

画像
           ↑アメリカ陸軍のAH-1G(アメリカ陸軍提供)


風防はそれぞれ独立した円形の物になり、前面は防弾ガラスになっている。

また機首下部の機関銃は、同じ12.7ミリ機銃ながら、ガトリング式4連装に改められた。

スポンソンは片側3か所のパイロンがあり、ロケット弾ポッドの他、有線式対戦車ミサイルを搭載・運用できる。

アフガニスタンのゲリラは、急峻な山や谷に深く潜伏し、ソ連軍の輸送隊を襲った。

狭い谷間の1本道を行くしかない輸送隊は、土地勘のあるゲリラには格好の的になり、岩かげや谷の両側から攻撃を仕掛けて来た。

1本道を行く輸送隊は身動きが取れず、応戦するにも十字砲火を浴びてしまい、補給は重大な局面を迎えていた。

そこに「ハインド〕が投入されたのである。

ヘリならば上空から補給隊を護衛する事が可能であり、敵を見つけるにも容易である。

「ハインド〕が補給隊の護衛に就くことで、被害は減少した。

やがて乗員もアフガニスタンの事情に慣れて、護衛だけでなく積極的に出撃させてゲリラ掃討を行った。

ゲリラは「悪魔」として恐れ、戦術を変える必要に迫られた。

「ハインドD」は、Aと同じくイソトフ・ターボシャフトエンジン2基を持つ、双発タービンヘリで、直径10メートル近い巨大なメインローターを持つ。

ローターは5枚のブレードからなる、変形ローターであるが、大型ヘリの割には大馬力とこのローターのおかげで速度が速く、動きも意外と機敏である。

兵員輸送が可能の「ハインド」だが、アフガニスタンではもっぱら攻撃専用任務を担い、全土に展開している。

画像
     ↑「ハインド」の側面ドアと輸送スペース(ウィキペディア英語版より)


しかしこれが、当初恐れられた「ハインド」の弱点であることが、ゲリラ側も分かって来た。

ゲリラに密かに支援するアメリカは、彼らに携帯対空ミサイル「スティンガー」を供与し始めたのである。

スティンガーは射程は短い物の、赤外線追尾式の対空ミサイルである。

低空を飛んでくる「ハインド」の機体は大きく、エンジンも双発の大型で、ゲリラは岩かげから隠れながら「ハインド」を狙うのは楽だったのだ。

見えない所から、突然撃ってくるので退避の時間がなく、例え見つけても大きな機体がミサイルから逃れるのは困難であった。

「ハインド」はソ連機らしく、胴体下部は装甲板が付いており、下方からの射撃には強かった。

ゲリラが撃つ対空砲を跳ね返す威力はあったが、すぐに尾部にある「テイルローター」が静寂であることも見つけると、執拗に狙うようになった。

大柄なハインドは、落ち着いて対処すれば怖いほどではなく、急激に損害が増えて行った。

歩兵用対空兵器に対して、ほとんど自衛手段がなかったのだ。

そこで尾部に「チャフ・フレア」ディスペンサーを取りつけて、「スティンガー」対策を講じたものの、ゲリラは谷間の上方や正面から撃ってくることもあり、損害は減らなかったという。

後期になるとエンジンを強化、固定武装を30ミリ機関砲に替えた「ハインドE」も投入された。

ゲリラがミサイルを持つようになると、射程が短く異力の弱い12.7ミリ機関銃では用を成さなくなっていたのだ。

アフガニスタン駐留軍のハインドは、後期には大半が「E」型に交代したと言われるが、D型の損害が多く失われたと言う理由もあったようだ。

画像
           ↑ロシア陸軍の「ハインドF)(ウィキペデイアより)


「F」型は、エンジンを改良し、固定武装を23ミリ連装砲に改良した。

E型の30ミリ砲は威力はあったが、機関砲自体が重く、弾薬数が少ないため、速射性・威力に優れた23ミリ砲に換装されたのである。

既存のE型も、機関砲は交換されF型仕様になった物が多い。

E型以降では、搭載できる兵器の種類が増え、赤外線監視装置やレーザー測距装置が追加され、夜間攻撃も可能になっている。

特にレーザー誘導式対戦車ミサイルを運用できるようになって、現代水準まで性能は引き上げられている。

画像
     ↑ハインドのパイロン。左から23ミリ機関砲パック、ロケット弾、有線ミサイル(ウィキペディアより)

ハインドはD型以降、数多くの国に輸出され、その数は数十カ国に上る。

ところが正確に把握しきれない。なぜならソ連崩壊・冷戦終結以後、ロシアはハインドを重要な輸出品の一つにしていて、「民間」レベルでも輸出を行っているためだ。

その場合はもちろん武器は「別売り」で、基本的には機体だけだ。

導入国が、アメリカやヨーロッパ製の武器や電子装備を自由に取り付けられるようにしてあり、民間商社を通じて輸出される機体があるのだ。

航空機リース会社などを通じて導入するケースもあり、第三国に「カスタマイズ」を依頼するケースもある。

ハインドは90年代以降も改良が続けられ、輸出用は「Mil-25」「Mil-35」と名付けられ、上記のような簡易型として輸出されるが、ロシア軍でも更新機材として導入されている。

これらの機体は脚が固定客になっており(従来型は引き込み脚)、テイルローターがアフガニスタンでの教訓を生かして被弾に強い「X型」に変更されている。

メインローターも軽くて強い材質に代わり、サバイバリビィティが向上している。

また南アフリカやイスラエルが、ハインドをベースとした独自の発展型を開発し、輸出を狙っている。

現在最も売れている攻撃ヘリが「ハインド」とも言えるほどなのだが、先に書いた雑誌の記事のように攻撃ヘリの存在価値は、確かに低下しつつある。

ヘリは固定翼の飛行機と違い、垂直離着陸・ホバリングが可能だが、騒音が大きく速度が遅いと言う欠点を持つ。

91年の湾岸戦争では、アメリカ陸軍の攻撃ヘリ「AH-64アパッチ」が活躍した。

「OH-58」と言う小型ヘリとコンビを組み、OH-58のローター上につけたレーザー照射装置で目標に狙いを定め、AH-64が対戦車誘導ミサイルで攻撃した。

丘のかげに隠れ、レーザーだけ上に出すと言う隠れ戦術で攻撃を行っていた。

しかしヘリの攻撃は、いかにレーザーを使用する事で姿を隠しても、敵の「近く」まで接近しなくてはならない。

加えてヘリ独特の音は、どうしても隠すことは出来ず、敵に接近を知らせてしまうのだ。

現在において、地上・空・海上どこでも、戦闘は視程外「スタンドオフ」攻撃が主流となりつつあり、巡航ミサイルや無人機が主力となってきている。

その為いかに強力な武装を持つ攻撃ヘリでも、敵の反撃に遭う可能性が高い訳で、その有効性は低下しつつあるのだ。

ただ内戦などが多い途上国や、テロ組織・麻薬組織などが多い地域では、攻撃ヘリの有効性は高い。

つまりAH-64の様な複雑で高性能の攻撃専用ヘリの時代は、変わりつつあると言うのだ。

むしろ当初はイマイチ感の大きかった「ハインド」が、途上国を中心に見直されていると言う逆転現象もある。

固定翼機よりは遥かに安く、維持もしやすい。

途上国の中には「空軍機」と言うと、攻撃ヘリだけと言う国は珍しくないのだ。

ハイテク装置などいらないから、頑丈でとにかく銃弾を的にばらまける・・みたいなヘリが優先する国もあると言う事だ。

「ハインド」は、他のロシア機と同じく、細かい派生形があり、少数生産だけで終わった型も多く、知られているサブタイプだけでも20種類程度ある。

しかしその姿は異様で、アフガニスタンのゲリラが恐れたのがわかる気がする。

いかにも攻撃ヘリ然としているのではなく、円形の風防ややけに大きい機体は、失礼ながら「醜悪」なデザインに分類されると思う。

現代にありがちなシャープさ・未来的加減の要素は全くなく、どちらかと言えば「悪党面」だ。

これが突然山かげからぬっと出てきたら、さぞかし怖いと思う。

画像
        ↑ロシア空軍所属のMil-35M(ウィキペディア英語版より)


ソ連軍撤退後のアフガニスタンは、その後長い内戦状態に突入し、アメリカを含む「有志連合」が駐留して、ようやく安定化しつつあるが、なんと再建されたアフガニスタン軍の主力航空兵力は「ハインド」である。

画像



画像
        ↑2枚、アフガニスタン国軍のMil-35(アメリカ陸軍提供)


アフガニスタンでは過激派組織「タリバーン」や「IS」など、テロ組織が多数入り込んでおり、現在も各地でテロ行為を繰り返している。

有志連合軍も駐留を続けているが、ソ連侵攻で散々苦しめられ、アフガニスタン国民には「憎い」機体のハインドだが、今では新しい国家の確立と安定化のために貢献しようとしている。

これを皮肉と採るか、憎しみより「未来」と採るべきか・・・。

なおリリースされた写真を見ると、米軍の公表したキャプションには「Mil-35」とされているが、機首の機関砲は12.7ミリ4連装のようで、「D」型ではないか。

再生した中古機の可能性もありそうで、塗装が当初の「ソ連軍」仕様になっている。





土曜日夜。予想通り、街は混んでいた。

出かける直前に、お腹の調子が悪くなり、トイレで格闘する事30分・・・。

おかげで買い物をする時間が減ってしまったのだが、セルバテラスのレストラン街は全部が空席待ち。

良い天気の休日、家族や友人と楽しい食事は良いものだ。

正直食べてみたいものはないのだけど、私は半永久的にその機会は来ない。

それが寂しく、残念に思う。

もちろん誘ってくれる人がいれば良いのだけど、心を許せる人以外は多分断る。

亡くなった母に申し訳ない。生前約束していたのに、あと3週間と言うタイミングで果たせなかった。

それを押して楽しむ訳には行かない、と思っている。

母の事を想ってくれる人であれば、良いのだけれど・・・。

夜空には月。久しぶりに見たような気がする。

昼間は暑くとも、夜は歩いてもちょうど良い感じ。

帰りは家までだらだらと歩いた。




元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

暑さが復活しましたが、君は大丈夫ですか?

水分補給を忘れずにして下さい。

室内では、エアコンによる「冷えすぎ」にも気をつけて下さい。

君も今日は「夏姿」だったかもしれません。

今年の君は、どんな夏姿なのでしょうか。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。




いにしへに ありけむ人も わがごとか 妹に恋ひつつ いねかてずけむ(万葉集巻四 497 柿本朝臣人麻呂)



☆今日のバス

532号車 14年式いすゞエルガ(LV234N3) 野村車庫


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
飛行機ネタ・悪魔と呼ばれたMil-24ハインド(6月23日 晴れ時々曇り 27℃) CRECHANのブログ 「風の道」/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる