飛行機ネタ・もっと魅力的な偵察型ファントム(3月14日 晴れ時々曇り 19℃)

春霞の日。

予想ほど気温は上がらなかったが、暖かく春を感じさせるには充分。

遠く見える市街地の高層ビルは白く霞んで、今年初めて春霞を見た。

桜の蕾が膨らむまではいかないだろうが、木々は間違いなく暖かさに反応しただろう。

今日は免許証更新に行った。

何しろ5年振り。しかも車で行かないのは初めてで、予めバスの時間は調べていたものの、自宅前と駅発のバスを見事取り逃し、タクシーを使うハメになった。

ただでさえお金がないのに…。

更新手続きは午前・午後とも1時間だけ。

間に合わなければ出直さなければならず、無理やりでも今日行かないとならない。

更新期限はまだあるが、出来れば誕生日前に終えたい。

最近の免許証更新は手続きが簡略化されて、至って簡単。

窓口で更新申し込みをしたら、後は適性検査と写真撮影だけ。

待合室には100人以上はいたように思うが、写真撮影の待ち時間は15分ほどであった。

季節柄、新規免許証取得した若い人がたくさん来ていたが、更新者は写真撮影が終われば、そのまま講習。

私は5年間「無事故無違反」の優良ドライバーで、ゴールド免許証。

講習は新しい免許証が出来上がるまでの、30分だ。

通常講習を受ける半分ぐらいずつ、ゴールド免許証と講習1時間の青免許証の人がいるのだが、今日の殆どの人が30分講習で、残った人は10人ぐらいだったようだ。

道交法改正で高齢者ドライバーが別になったのと、平日午後の回で女性が多かったからだろう。

講習後無事新しい免許証を貰い、次は5年後。

ひょっとしたら人生最後の免許証更新になるかも知れないけれど、出来れば次回もゴールド免許証を。

2時間もかからず終了したが、慣れない場所に凄く疲れてしまった。

最近事故の多発に、免許証の制度が何度か変わっている。

特に昨年から、「準中型免許」と言うものが出来た。

これは運転出来る車種を細分化したもので、これまでの普通免許と中型免許の間に新設された。

新規取得者対象で、普通免許は最大積載量2トン以下、準中型免許では2トン以上4.5トン以下を運転出来る。

これはトラック業界の人手不足解消に、若い人の雇用を促進するものだが、これまでは普通免許取得後2年で中型免許に移行出来たのを、ワンステップ増やした。

これは経験の浅いドライバーが、雇用先でいきなり中型トラックを任され、事故が多発したため。

小型トラックをある程度経験してから、中型トラック…と言う事らしい。

中型免許は最大積載量6.5トンまで運転出来る。また普通免許は定員11人までだが、中型免許は29人乗りまで運転出来る。

つまりマイクロバスを運転出来る事になるが、「営業」での運転は二種免許が必要。

例えば「無報酬」で、職場や町内会の旅行でマイクロバスを運転するのはOK。

最もマイクロバス自体、そう多くあるものでもないし、運転する機会など殆どない。

「中型免許」が出来たのは平成19年(2007年)だから、それ以前に「普通免許」を取った人は自動的に「中型免許」になっているはず。

それ以降に取得した人は、中型免許になるには規定の講習や試験を受ける「限定解除」が必要。

細分化されすぎると、トラックを運転する仕事だとうっかり・・と言う事もありそうだ。

もちろん「普通免許「準中型免許」で、積載量「3トン」のトラックは運転できないから、無免許運転になってしまう。

またタンク車やゴミ収集車のように、特殊な擬装している物は最大積載量が違う場合もあるので、その時は「総重量」で判断する事になる。



飛行機ネタ。

度々私が「F-4ファントム」と言う戦闘機が好きなことを書き綴っているけれど、実際ファンは多い。

日本では70年代後半に新谷かおる氏の漫画「ファントム無頼」がヒットしたこともあり、40代以降の人にファントム好きは多い。

航空祭などでも、ちょっとレトロチックながらいかにも武骨な姿は、若いファンにも人気がある。

プラモデルなど、模型ファンの間でも根強い人気がある。

我が航空自衛隊では71年に主力「要撃機」として配備され、今年で37年目を迎えた。

F‐4ファントムは、50年代後半にアメリカ・マクドネルダグラス社(現ボーイング)が開発した艦上戦闘機だが、直後にその優れた性能に目をつけた空軍も採用。

更に西側諸国へ輸出され、5,195機も生産された。

当時としてはけた外れの生産数で、それだけ高性能で信頼性の高い戦闘機であった。

大型でハイパワーのエンジンを2基装備し、多様な武装を大量に搭載できることは、現在の「マルチロール・ファイター(多目的戦闘機)の奔りであった。

日本では1・2号機だけがアメリカ製の輸入品で、残りは全て三菱重工がライセンス生産した「国産ファントム」である。

当時は「専守防衛」が厳しく貫かれていた時代で、国会では「F‐4は高性能すぎる」と猛反対を喰った。

そこで与党・自民党は「要撃機に徹する改修」することを明言して、採用が容認された。

アメリカ製の「E型」がベースだが、地上攻撃用の爆撃コンピューターや長距離飛行用の慣性システム、空中給油装置が取り除かれると言う、いわばダウングレード型であったが、逆に「要撃」に特化したスペシャルモデルとも言えた。

レーダーなど一部の電子装備が国産品とされ、「日本スペシャル」の意味を込めて「EJ」型と名付けられた。

138機がライセンス生産され、全国の飛行隊に配備されたが、76年9月、旧ソ連防空軍所属の「MIG-25亡命事件」を機に、グレードアップが計画された。

60年代に開発されたレーダーは、機体の下方の捜索が出来なかったため、スクランブル発進したファントムは低空を逃げるMIG-25を発見できず、函館空港に強行着陸されると言う「大失態」を演じてしまったのだ。

パイロットのベレンコ中尉は、アメリカに亡命するため日本に逃げてきたのだが、冷戦時代の真っただ中、もしこれがソ連軍の「攻撃」だったとしたら、それは背筋の寒くなるような悪夢である。

当時のレーダーでは、下方に向けると地上の突起物や移動物体全てが反射・反応してしまい、敵を見分けることが出来なかったのである。

これを「ルック・ダウン」能力と言うが、80年代後半ファントムを大改修する案が決定した。

レーダーを「ルック・ダウン」能力に優れたF-16と同じものにし、火器管制システムをデジタル化。

爆撃能力も復活させ、電子能力を大幅にグレードアップ。同時に機体構造を補強して、20年の延命工事を行った。

これを「F‐4EJ改 スーパーファントム」と呼ぶ。

空自では95機の「EJ」を「EJ改」に改修した。

既に主力機はF‐15イーグルに移っていたが、戦闘攻撃機としての能力はなお強力で、要撃機としても充分現役に耐えうるものであった。

「EJ改」は4個飛行隊に配備され、現在も2個飛行隊が現役である。

さすがに老朽化は進み、延期され続けてきた後継機の「F-35Aライト二ングⅡ」が今年から配備されたこともあり、2020年には全てのファントムが退役する予定。

だがF‐35の試験や製造計画の変更は、今後もありうることでもあるので、ひょっとすると退役が若干伸びて「50周年」を迎える可能性もある。

ところが空自には、もう一つファントムを装備する飛行隊がある。

501飛行隊はファントムを装備する飛行隊ではあるが、要撃・支援任務は持たない。

何故なら、ここにあるファントムは「偵察型」の「RF-4E」だからだ。

「R」とは[RECCON」(偵察)を示す頭文字で、良く見ると通常のファントムと機首の形が違う。

これは機首に戦闘用のレーダーは搭載されておらず、火器管制能力のない小型の航法用レーダーに変更され、他のスペースには偵察用のカメラを搭載しているためである。

機首の下部には前下方と、左右下方を向いたカメラ窓が付いている。

空自では偵察型の「RF-4E」を14機保有したが、数が少ないため国産ではなくアメリカ製の輸入機である。

偵察機は戦闘前の敵の様子を探ったり、攻撃後の結果を確認するために敵地上空を高速で飛んで、特殊なカメラで地上を撮影する。

画像
    ↑501飛行隊のRF-4E(尾翼のマークはウッドペッカー。ウィキペディアより)


偵察型ファントムが開発されたのは60年代で、まだ偵察衛星などは普及していない時代。

もちろんデジタル自体もない時代である。

敵の様子を知るには偵察機しかないが、敵地に接近もしくは侵入して写真撮影をするのだから、乗員は命がけである。

戦時中でなくとも、敵性国家に近づいて様子を探ることも任務だったので、同じファントムでも無武装とされた。

これは60年代以降のアメリカの「理論」で、武装していなければ相手に攻撃する資格はなく、万が一こ攻撃されれば「無防備の機体を一方的に攻撃した」と非難できるためであった。

とは言え、領空侵犯もすることになるので、当然スクランブルされたり、迎撃ミサイルに狙われることもある。

その為に急いで敵地から離脱する高速性が必須であり、ファントムはうってつけだったのである。

要するに「丸腰」なのだから、相手に気づかれたら逃げる以外に手はない。

それ以前に偵察データを無事に「持ち帰る」ことが最重要なので、武装は「野暮」と言う訳だ。

機首のカメラベイには、任務に合わせて3種類のカメラを組み合わせて搭載する。

なお偵察用のカメラは今も「フィルム」式で、任務が終わって基地に帰ると、即座に現像が必要だ。

これは無人偵察機が登場したことで、偵察用のデジタルカメラは開発されなかったことによる。

高焦点カメラや垂直用、赤外線フィルムなどを使って目標地域を撮影する。

同じ場所を2台のカメラで撮影し「ステレオ写真」にして、目標物の大きさや高さを判定したり、パノラマ写真にして地形などを撮影する。

更に「SLAR」と呼ばれる合成開口レーダーを側面に装備していて、地形や地上の温度などを走査・記録できる。

501飛行隊は日本で唯一の「偵察飛行隊」で、国防のためだけでなく、災害にも威力を発揮している。

飛行隊では常時1機が「1時間待機」になっていて、発令から1時間以内に離陸できる体制を取る(戦闘機は5分待機)。

95年の阪神淡路大震災、11年の東日本大震災など大きな災害が起きた時のように、被害状況をいち早く把握するための任務も持つ。

震災では通信が全て停止した為、RF-4Eの偵察がどこよりも早く被災地の状況を撮影・偵察して復旧・救援の貴重な情報をもたらした。

要撃任務と違い、比較的長時間飛行になることから、機体には胴体下部・主翼下部に3本の増槽をフル装備して飛行する事が一般的である。

僅か14機で、導入が75年ごろと古く、2000年前後にはリタイアした機体が増えて機数が減ったため、補充がなされた。

既に生産は中止されていたので、空自では「EJ改」に改修中だった「EJ」を振り分け、15機を偵察機に改造した。

これが「RF-4EJ」である。

戦闘機型を偵察機としたものだが、機体の延命工事以外レーダーなどは更新されず、「EJ」そのまま。

代わりに胴体下に「偵察ポッド」を吊り下げる。

ポッドの中にはカメラのほか、SLARが内蔵されている。

取り外しが可能なので、電子偵察用ポッドも吊り下げる事が出来る。

また機体その物は「EJ」なので、RF-4Eで外された機首の20ミリバルカン砲や、空対空ミサイルの搭載・運用能力はそのまま残された。

つまり自衛用の機関砲とミサイルを搭載できるのだが、501飛行隊では運用しておらず、乗員の戦闘訓練飛行も行っていない。

純粋な偵察機として運用している。

画像
      ↑501飛行隊の「RF-4EJ」(ウィキペディアより)


ファンとしては戦闘機の能力を残したRF-4EJの方が魅力的に思えるが、現場ではそうでもないと言う。

例えば偵察用カメラの一部は、地上であらかじめおよそのピントを合わせておく必要があるが、吊り下げ式の「LOROP」ポッドのカメラは、胴体下部の中心線にある。

すると地上では主脚がファインダーに入ってしまうため、ピントを合わせる事が出来ない。

なので、機体をジャッキアップして主脚を上げた状態で合わせる必要がある。

またRF-4と違い、コクピットには偵察機器用の計器がないので、撮影には風防に専用のファインダーを取りつける必要がある。

加えて「LOROP」ポッドのカメラは1基で、左右どちらかに向けて固定しなければならない。

増槽より大きく重いため、飛行の抵抗になるだけでなく、燃費も落ちる。

胴体下に増槽をつけられなくなるのだから、主翼下の増槽だけで、最初から航続距離は短い。

「代用品」なので仕方ないが、現場では純粋な偵察機であるRF-4Eの方が好評だと言う。

RF-4Eは機首が若干伸ばされて細くなっている事と、バルカン砲のフェアリングがないので、「EJ」「EJ改」より遥かに高速で、低高度での飛行も安定していると言う。パイロットもこちらを好む傾向にあるようだ。

ファンとしては武装しないRF-4系は、今一つ魅力に乏しく感じてしまい、模型でもあまり歓迎されない傾向にある。

しかし空自のRF-4は、要撃機のグレートーンの塗装と違い、完全なカモフラージュ塗装が逆に迫力を持つと思う。

これは低空を侵入して偵察するため、上空から敵に見つけられにくくするためだ。

興味深いのはRF-4Eは配備当初は「EJ」と同じライトグレーと白だったが、すぐに塗りかえられ現在まで基本塗装は変わっていない。

ダークグリーン2色に土色。これは日本の国情に合わせたと思われるが、「RF-4EJ」は土色の代わりにグレーになっている。

これは日本に多い火山灰土をイメージしたと思われるが、グリーンとグレーの組み合わせは独特の凄みを感じる。

いかにも「日本的」で、日の丸ファントムにはこの塗装が最も似合うようなき機がするのだが、どうだろうか。

15年には沖縄に分遣隊として派遣されたRF-4Eが、「洋上迷彩」と呼ばれるブルー2色に変更され、ファンの大きな話題になった。

以前三沢基地にいた8飛行隊の「EJ改」が、F‐2と同じ洋上迷彩したことがあったが、RF-4Eと言う事で大評判だった。

これは近年動きの激しい中国軍の動向を偵察するための変更と思われるが、F-2よりトーンが違う。

全体的に明るめのブルーで、沖縄周辺の海の色に合わせたようである。

非公表ではあるが、F‐2のブルーは「ステルス性」を含有した特殊な塗料で、光の具合でトーンが変化する。

しかしRF-4Eは、あくまで一時的な偏光なので一般的な塗料で塗装されたため、トーンが違うとも言われている。

ただF‐2の塗料は極秘扱いのため、詳しいことはわからず、あくまで推測。

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    ↑洋上迷彩のRF-4E(機種側面に見えるのがカメラ窓。ウィキペディアより)


偵察型ファントムは「RF-4EJ」を含めて30機程度しかないのに、実戦用の塗装は3種類もある事になる。

空自は記念塗装など、派手なスペシャルマーキングが得意だが、基本塗装でこれだけのカラフルにしたのは日本だけだ。

アメリカは時代とタイプによって変えているが、空自は一貫して「EJ」系とRFだけ。

戦闘機型の「EJ」は、アメリカ海軍と同じ上面がライトグレ‐、下面は白。

「EJ改」はF‐15と同じ「制空迷彩」のグレー2トーンだけ。

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     ↑302飛行隊のF-4EJ改・スペシャルマーキング機(再掲)


それに比べ、僅か30機のRFはカッコよく個性的なカモフラージュで、模型で作っても見栄えするのだ。

501飛行隊の「RF-4EJ」には、従来の「RF-4E」と同じ塗装になった機体YA、競技会では機首に「シャークマウス」を描いた機体もある。

機首が細くなったRF-4Eに、シャークマウスは良く似合う。

アメリカや海外のファントムでも、シャークマウスを描いたファントムはあるが、空自のRF-4Eは塗装も相まってより「極悪」な感じが良い。


画像
    ↑シャークマウスのRF-4E。奥に見えるのは洋上迷彩のF-4EJ改(ウィキペディアより)



残念ながら501飛行隊のファントムは老朽化が早く、現在稼働しているのは数機のみである。

特に飛行時間が多く、激しい機動が多かった「RF-4EJ」の方は既に退役状態にある。

RF-4Eは最初から偵察機のため、フライトサイクルが少なく、激しい空中機動もないので寿命が長かったが、いずれも製造から40年以上が経つ。

空自ではF‐15に「LOROP」ポッドをつけて「RF-15J」に改修する計画を起ちあげたが、より高性能で保守・経費が楽な無人偵察機「グローバルホーク」の導入を決めた。

配備は2019年の予定で、三沢基地で運用される。

グローバルホークの偵察機器は全て最新のデジタル機器で、約2万メートルの高高度を24時間以上飛行できる。

偵察データは全てリンクされ、陸自・海自と共同運用する予定。


画像
       ↑無人偵察機グローバルホーク(アメリカ空軍)



同時にRF-86Fセイバーから半世紀に渡って続いた、唯一の偵察飛行隊「501飛行隊」は解散の予定で、自衛隊から偵察機自体が消える事になる。


アメリカでは有人偵察機はファントム以降作られなかった。

海軍がF/A-18ホーネットの偵察型「RF-18」の試作機を作ったが、無人偵察機が出来たおかげで計画は破棄されている。

よく考えると「専用」の偵察機はRF-4シリーズ以降、大量生産されていない。


どこの国も、既存の機体に偵察ポッドと言う形になっており、専用機はないのだ。

無人偵察機は、無線操縦であり、故障した時に対処の問題があり、日本国内の運用には限界があるとも言われている。

万が一の場合、機上でパイロットが対応する事が出来ない。

パイロットは遠く離れた基地で、計器とモニターを見ながら操縦するが、モニターが故障すると状況を把握できなくなる恐れがある。

実際運用しているアメリカ空軍でも、操縦不能になって敵視政策しているイラン領に墜落し、すっかりコピーされたと言う苦々しい経験を持つ。

市街地の多い日本上空で、緊急時にどう対処するのか、危険が増える可能性が無人機にはあるのである。





今日の街は、何故か人出が多かった。

ホワイトデーだから?それとも公立校の合格発表?

どちらもあまり関係なさそうだが、レストラン街は遅くまで混んでいた。

バスも混んでおり、何かあったのだろうか?

暖かさが、人々を外でうろつかせたと言う事かも知れない。

今夜は全く寒くなく、気が楽だ。

同時に変に寂しさを感じる。

そうか、間もなく母の一周忌。

母が突然逝ってしまった季節が、初めて巡って来る。

あの日の悲しみ・戸惑い・・・蘇って来そうな気がする。




元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

春を思わせる1日、君はどう感じたのでしょう。

少し薄手の上着に変えて、春の気分を体感したのではないでしょうか。

君は春もよく似合う人です。

ですが、暖かいのは一時的。明日までは暖かそうですが、金曜日以降はまた寒くなりそうです。

体調管理には気をつけて、君なりの春の足音を感じ取って下さい。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。




梅の花 み山と繁に ありともや かくのみ君は 見れど飽かにせむ(万葉集巻十七 3902 大伴宿禰書持)




☆今日のバス


644号車 17年式いすゞエルガ(LV290N1) 野村車庫

423号車 99年式日野ブルーリボン(HU2MMCA) 泉営業所(元名古屋市交通局)

714号車 18年式いすゞエルガ(LV290N2) 泉営業所

714号車は先月初めに登録されたばかりの新車。泉地区では今年になって、オリンピック記念の希望ナンバー3台に続き、708~715、富谷に2737・2738など、少なくとも290エルガの新車を10台以上確認出来る。

15年のフルモデルチェンジ以来、宮交の290エルガは子会社ミヤコーバスも含め、40台以上導入されたと思われる。既に同一車種種としては最大勢力になっている。




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この記事へのコメント

五馬の子
2018年03月17日 14:24
コメント行っていますか?
2018年03月17日 14:43
五馬の子さん、お久しぶりです。この通り来ていますよ。ついにスマホデビューですか、最初のうちは大変だろうけど、すぐ使いこなせるようになりますよ。でも私より上に行かれてしまいました(笑)。
五馬の子
2018年04月12日 22:40
旧い記事にごめんなさい。コメント届いてますたきか?
私もまだ悪戦苦闘してます。今日もやり方失敗しましたよ。
2018年04月12日 23:57
五馬の子さん、大丈夫来てますよ(笑)。慌てず少しずつ慣れて行くしかないですね。私もブログは拝見してますが、パソコンのブラウザが古くて、どうしてもコメント出来ません。それこそスマホだったら良いのでしょうけど…。先日の地震は大丈夫でしたか?震源が近いので心配しました。
五馬の子
2018年04月13日 10:14
ご心配かけました。余震が数回ありましたが、それ以降は大丈夫です。実家から1時間くらいの場所で土砂崩れがありました。山崩れの二次被害を考えると救助が進みませんね。昨年の熊本大分地震で姉宅は壁を全部修理していました。近いけれど五馬ではありません。北も南もここのところ多いですね。被害のあまり出ていない地域が気になります。江戸時代の富士山大噴火の前に、鹿児島の新燃岳の噴火があったのですね。ここ数年あちこちで活発になる山々、怒りに触れているように感じたりします。
昔から太陽や山岳信仰してきたことを思うと、自然に対する畏れがなくなったようです心配です。
2018年04月13日 18:47
五馬の子さん、良かったです。熊本地震から明日で2年経つのですね。現地では復興が進んでいないと聞きました。自然はサイクルみたいなものがあって、更にリンクしているようです。最近西日本でこうした自信が多いのは、長い目で見れば「南海トラフ地震」の前触れ・・・そう思ってしまいます。火山の噴火も、あながち関連性がないとは言えないと思います。普段から「備え」を心がけておくしかないですね。

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