CRECHANのブログ 「風の道」

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zoom RSS 飛行機ネタ・海賊と言う名のA-7(6月8日 晴れのち曇り 28℃)

<<   作成日時 : 2018/06/09 02:38   >>

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朝はよく晴れて、今日も暑くなりそう…一目でわかる。

だが少し変わりやすい空模様に変化したのは、予報通りで、今朝早くフィリピンの東にあった熱帯低気圧が「台風5号」に変わった。

早くも台風のシーズン到来である。

台風5号は今後、大きくなることはないが、日本に接近・北上する見込み。

その手前には梅雨前線があり、台風に刺激される可能性が高まって来た。

気象庁の予想では、台風は日本の太平洋岸を掠めるように北上する見込みで、来週前半に九州南部から東北太平洋岸にかけて、大雨になる恐れが出て来た。

仙台はこのタイミングで梅雨入り宣言となりそうだが、6月に台風は珍しく、早くもこの夏の異常気象を示唆しているように感じる。

私の記憶上、早めの台風がある年の夏は雨が多く、天候不順な事になりやすいのである。

特に東北・北陸は、夏を通して天気が悪く、最悪「梅雨明けしない」事がある。

まだコースは確定していないようだが、来週は雨は避けられないようだ。

同時に気温も、今度は「平年並みより低い」日々が続くようなので、体調管理には注意。
私も先週までのあからさまな体調不良は、少しナリを潜めた感じだが、倦怠感や細かな部分がまだ具合悪く、蒸し暑さも手伝って良いとは言えない。

時々胃の辺りから背中にかけて、痛みを感じる事が気になっている。

食欲はあるので大したことはないと思うが、どこか異常があるのだろうか?

飛行機ネタ。

アメリカ海軍は、言うまでもなく世界一の規模と実力を誇る軍隊であり、「世界の警察」と自負するだけあって即応体制、展開能力は追いつける他国の軍隊はない。

海軍力とは、自国の海岸線の防衛だけではなく、時には地球の裏側まで国力を誇示する事が出来る。

意外にも、陸海空全ての戦力を有している海軍は少なく、今のところ実働性を伴うのはアメリカ海軍と海兵隊だけである。

特に海軍は巨大な原子力空母10隻を中心に、原子力潜水艦やイージス艦など、ハイテク艦だけでも数百隻を保有し、近頃やたら数を増やしたがる中国海軍など、到底対抗出来る数ではない。

全長300メートル以上、排水量10万トンを超える原子力空母だけで、小国一つ分以上の戦力を持ち、国際法上自由に航行出来る北極海を除く世界中の公海を漂う、言わば移動式「アメリカ合衆国」と言える。

空母には艦載機が80機以上、乗組員数千人以上、その他に海兵隊兵士数百人が乗り込んでいる。

基本的に空母が単独で行動する事はなく、「空母打撃軍」として数十隻の艦隊が行動を供にする。まさに移動式軍事国家と言えるものである。

艦載機は軍事作戦に必要な航空機が全て揃っており、地球上如何なる場所で如何なる作戦行動を取れる。

10隻の空母のうち、半数以上は常時世界中の海に展開しており、何らかの紛争が起きた場合、最長数日以内に到達出来る。

距離は遠くても、艦載機が進出するから、作戦場所に数千キロ以内に近づけば作戦行動が可能になる。

80年代までの艦載機は多種多様で、任務に応じた機種が搭載されていた。

これは現在のような多目的機材がなかったためで、冷戦後軍事費削減もあって、現在は機種の統一が完了している。

しかし90年代までは、様々な航空機が搭載されていて、ファンには堪らない面白さがあった。

主力となるのは未だ伝説の戦闘機「グラマンFー14トムキャット」で、艦隊防空の要である。

更に攻撃機として「グラマンAー6イントルーダー」と「LTV Aー7コルセアU」が、搭載されていた。

その他に早期警戒機「グラマンEー2ホークアイ」、哨戒ヘリ、救難・輸送ヘリ、輸送機など、まるで軍用機の見本市みたいだ。

ファンとしては興味深いが、運用効率と言う点で機種は少ない方が有利であり、現在になってようやくそれが実現している。

艦載機の花型である戦闘機は、60年代はF‐4ファントム、70年代以降はF‐14トムキャット、その後はF/A-18ホーネットと変遷してきたが、攻撃機は機材の「マルチロール化」が進んだおかげで、F/A-18がこなしている。

80年代まで、空母には2種類の攻撃機が搭載されており、それは同じ攻撃機ながら性質が違うものであったからだ。

簡単に言ってしまうと「A-6イントルーダー」は「重攻撃機」、「A-7コルセアU」は「軽攻撃機」になろうか。

敵地への攻撃作戦において、A-6は主に低空から侵入して、敵の重要拠点である基地や物資集積所、橋などハードターゲットを目標とし、小型のA-7は敵の地上部隊や対空砲を潰す、言わば「露払い」的な任務を持っていた。

50年代後半に、アメリカ海軍は小型ながら万能な攻撃機「A-4スカイホーク」を使用していたが、全天候性Uかけていたのと、旧式化し始めていたので、新型の小型攻撃機の開発に着手し、メーカーに要求を提示した。

62年に提示された要求の概要は、A-4より倍以上の武器搭載能力を持ち、全天候機であること、敵の沿岸から500キロ以上内陸に進出できる航続力を持つことが上げられた。

またA-4が持ち合せていたような戦闘機波の運動性は省略され、速度に超音速も求められなかった。

数社が基本案に応じ、海軍は「LTV」社(リング・ティムコ・ヴォート)案を採用した。

LTV社は早速試作機の製作に取り掛かり、原形機は65年に初飛行。

飛行試験で主翼の変更などが必要とされたが、試験は順調で「A-7」として正式に採用された。

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        ↑アメリカ空軍のA-7DコルセアU(アメリカ空軍提供)

LTV社は50年代U、艦上戦闘機として「F-8クルーセイダー」を生産、主力機として採用された経験を持っており、「A-7」はこのF-8の機体構造を大きく受け継いだスタイルを持つ。

後退角のついた主翼は肩持ち式の高翼で、A-7は音速機ではないため、F-8より後退角は緩くなっている。

エンジンの空気取り入れ口は機首につくが、胴体の下半分だけで、大きな口を開け「レドーム」が「鼻」のように見える、ユーモラスなスタイルを持つ。

大きさはF-8より一回り小さいが、F-8の弱点であった機体の弱さや離着艦時の操縦性の悪さなどは一掃されている。

初期の生産型「A」型は、すぐに大量生産に入り、空母に配備されて、古いA-4を置きかえることになった。

A-7Aは、P%W TF-30ターボファンエンジンの単発機だが、単座の海軍機としては初めてターボファンエンジンを装備した。

このTF-30は、それまでのターボジェットエンジンと違い、非常に燃費が良かったが、初期のターボファンで、回転数が低く、急激なスロットルの開閉に回転が追い付かず、最悪フレームアウト(エンスト)するという、悪い癖を持っていた。

特に離艦する時、スチームカタパルトの高圧蒸気が機首下部のエアインテークから吸い込みやすく、エンストする可能性があった。

TF-30は、アメリカが大量生産した初めての軍用ターボファンで、空軍の長距離超音速攻撃機「F-111」用に開発されたものだった。

後にF-14Aにも搭載されたが、急激なスロットル操作が必要ないF-111ではあまり問題にならなかったものの、F-14Aでは大きな問題となった(映画トップガンでも、フレームアウトのシーンがある)。

固定武装として機首側面にコルとMK-12 20ミリ機関砲2門を装備し、主翼には3か所のパイロンの他、F-8と同じくコクピット後方胴体側面にもパイロンがある。

MK.82 250ポンド通常爆弾ならば、専用のラックを用いると30発搭載でき、最大で8トンまで搭載出来た。

これは第二次大戦中、日本各地を無差別空襲した「ボーイングB-29」に匹敵する搭載量である。

折しも激しさを増したベトナム戦争に、A-7AとエンジンをパワーアップしたA-7Bが投入され、アメリカ海軍の中心的攻撃機となった。

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     ↑ベトナム戦争に出撃したアメリカ海軍のA-7A(ウィキペディアより)


機体は非常に頑丈で、敵の対空砲に撃たれても撃墜されにくいと言うメリットをもっていた。

ただA-4ほどの運動性がないため、北ベトナム空軍機に追い回されると厄介であった。

多くの場合、護衛としてF-4ファントムと共同で出撃する事が多かった。

離着艦については、先のフレームアウトさえ気をつければ、操縦はしやすい機体で、特に着艦速度が遅く、大きく「ハ」の字に開いた主脚は頑丈で、安心して着艦できる機体だったと言う。

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             ↑F-8Gクルーセイダー(ウィキペディアより)


艦載機なので、主翼端が折り畳めるようになっており、レーダーを装備しているので、もちろん全天候機である。

コンパクトなので、「重攻撃機」のA-6より数が多く積載されていたが、北ベトナム軍やゲリラ攻撃に若干の力不足も露呈するようになっていた。

海軍はA-7Aを66年から運用したが、A-7に目を付けたのは空軍も同様だった。

しかし空軍は海軍と同様の機体を望まず、LTV社に独自の改修案を要求し、空軍専用型「D」型として70年代初頭に正式採用された。

「D」型は、A/B型で露呈していた欠点を改修した型とも言え、エンジンはより大出力のアリソン「TF-41」ターボファンに換装された。

TF-41の原型は、イギリス製「ロールス・ロイス・スペイ」エンジンで、イギリス空軍・海軍の「ファントム」や「バッカニア」に搭載されたエンジンで、アリソン社がライセンス生産したものである。

初期の軍用ターボファンとしては成功したエンジンの一つで、フレームアウトの不安はTF-30より遥かに低かった。

アフターバーナーはついていないが、速度・積載量が若干だが増やされ、固定武装は機首左側に「M6120ミリバルカン砲」に変えられた。

A/B型のコルト20ミリ機関砲は、故障も少なく信頼性は高かったが、短砲身であるため威力は不足がちであった。

大戦中に比べ、攻撃の対象が強く堅固なものになっており、携行弾数の少ないコルトでは力不足になっていた。

口径は同じ20ミリながら、専用の高性能弾薬を使用でき、1分間当たり数千発と言う発射速度は、地上攻撃には有利だったのである。

レーダーはより高性能の元と交換され、コクピットには新造時からHUDが取り付けられ、火器管制装置も一新された。

これらの装備で、搭載できる武器が増え、特に誘導式対地ミサイル「AGM-65マーべリック」や対レーダーミサイル「AGM-45シュライク」を運用できるようになり、爆撃コンピュータも更新され、通常爆弾の命中率が向上した。

空軍は空中給油が海軍と違って「フライング・ブーム式」だったので、コクピット後方上部に給油口が取り付けられた。

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     ↑MK.82爆弾を投下するアメリカ空軍のA-7D(アメリカ空軍提供)


当時はまだ、レーザー照射装置などはなかったが、空軍機としては初めて「精密攻撃」が可能な小型攻撃機となり、苦戦中のベトナムに派遣した。

ベトナムではF-100スーパーセイバーやF-105サンダーチーフなどが攻撃機として使われていたが、いずれも古い機体で、損害が多く、最新鋭のF-4C/Dファントムが空戦と地上攻撃を兼任しており、それはそれで損害が増えていた。

A-7Dの登場で、F-4は本職である空戦任務に戻ることが出来たのであった。

A-7Dは、損傷で緊急脱出したパイロットや搭乗員の救援「コンバットレスキュー」にも重宝された。

救援にはヘリが中心だったが、敵機と地上砲火を警戒・排除するため、救援隊の一員としてA-7Dが先導役になった。

低速でも安定した飛行が出来、低燃費のターボファンエンジンを持つので、長時間の捜索が可能であった。

胴体側面んパイロンには、自衛用の対空ミサイル「サイドワインダー」を搭載し、増槽を4本付けて、時には10時間に及ぶ捜索を行ったと言う。

逃げている味方のパイロットを発見すると、ヘリを呼び、到着するまで彼らの上空を周回。

ヘリが車で彼らを探す敵兵を排除したり、阻止したのである。

特に「M61」バルカン砲は、1,000発以上の弾薬を持てたので、こうした任務にA-7Dは最適だったのだ。

これを見た海軍も、「D」型とほぼ同様の改良型を採用する事になり、「E」型に生産が切り替わった。

空中給油装置が海軍の「プローブ&ドローグ式」であること以外、D型とほぼ同じである。

海軍ではこの「E」型が主力となり、既存のA/B型の中にはエンジンだけそのままで、レーダーなどをE型仕様に改修した機体もある。

もちろんHUDを備えており、意外にもアメリカ海軍では初めてHUDを装備したのが「A-7E」であった。

E型は、通常の攻撃の他対レーダー攻撃に使用され「AGM-45シュライク」を2ないし4発搭載し、北ベトナム軍の対空ミサイル基地を攻撃した。

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             ↑アメリカ海軍のA-7E(ウィキペディアより)

D/E型がA-7の最終形態となり、小ぶりながら扱いやすさと頑丈さ、多様な武装が両軍とも長く使う一因となった。

外観を見る限り、正直スマートでカッコイイとは言えない。

なんとなく耳が痛いが、胴体は「太く短く」、その割に主翼が大きい。

もととなったF-8は、大型のターボジェットエンジンを積んだため、胴体が長くスマートに見えたが、A-7はどちらかと言うと「ずんぐりむっくり」という表現が似合う。

速度はマッハ0.8程度で、現在の旅客機程度の速度しか出せないが、8トンと言う積載量はその大きさに比べて驚異的である。

一回り大きいA-6でさえ、A-7より少しだけ搭載量が多いだけで、しかも双発だから、見てくれとは裏腹に「実はタフなヤツ」なのである。

機種の交代が早いアメリカ軍にしては、A-7の現役は非常に長く、海軍のE型は91年の湾岸戦争でも重要な活躍をした。

既に退役の予定が迫っていたが、イラク軍の対空ミサイルとレーダー基地を破壊すると言う、「露払い」を立派にやり遂げ、損害もほとんどなかった。

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     ↑湾岸戦争中、サウジアラビア上空を飛行するアメリカ海軍のA-7E(アメリカ海軍提供)

E型は実戦経験が多く、ベトナム戦争以降、アメリカ海軍が関わった航空作戦のほとんどに参加している。

湾岸戦争以外にも、リビア空爆などでも「露払い」として先陣を切っており、いずれの作戦でも損害は低かった。

これはA-7の頑丈さもさることながら、パイロットの慣れも大きかったと言う。

両軍とも、A-7に長期間登場するパイロットは多く、他の機種に移るのを好ましく思わないパイロットが多かったと言う。

それだけ扱いやすく、ベテランにかかれば予想以上の実力を引きだすことが出来る機体だったと言う事だ。

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       ↑空母から離艦するVA-72所属のA-7E(アメリカ海軍提供)


空軍では一足先に前線部隊から引き揚げられ、州空軍に移されたが、どちらも正式に退役したのは93年ごろである。

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      ↑グレー迷彩に変更された最後期のA-7D(アメリカ空軍提供)


数は少ないながら、輸出にも成功している。

ギリシア空軍とポルトガル空軍、タイ海軍がA-7を採用した。

このうち新造機を導入したのはギリシア空軍で、「A-7H」として60機を導入した。同空軍は複座型の練習機「TA-7C」を、中古で追加導入している。なおA-7HはA-7Dとほぼ同じ機体。

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           ↑ギリシア空軍のTA-7C(ウィキペディアより)



ポルトガル空軍は海軍のA/B型を中古機として導入したが、それに当たってエンジンやレーダー、電子装備を「E」型仕様に改修した上で、運用した。

中身は「E」型と同じながら、機種の固定武装はコルト20ミリ機関砲のまま、と言う変わり種である。

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           ↑ポルトガル空軍のA-7P(ウィキペディアより)

ポルトガルはF-16と交替する形で90年代後半に退役させたが、ギリシア空軍は2000年代まで運用した。

特に複座型は、「高等練習機」として使用され、つい最近まで少数が現役にあった。

変っているのがタイ海軍で、アメリカのE型10機程度を中古で導入した。

同海軍は小型空母を保有しており、VTOL機「ハリアー」を運用していたが、A-7Eも空母で運用しようとした。

しかしカタパルトの増設など、莫大な費用がかかるため計画は挫折。

ついでにA-7Eも用がなくなってしまい、ろくに飛ばないまま保管され、数年で退役している。

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             ↑タイ海軍のA-7E(ウィキペディアより)


愛称の「コルセア」とは「海賊」の意味で、第二次大戦中太平洋戦線で活躍したレシプロ戦闘機「F4Uコルセア」の二代目を襲名したもの。

両機に直接的な関連性はなく、メーカーが同じだけなのだが、初代の「コルセア」よりA-7の方が相応しい感じがする。

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         ↑ヴォートF4U-7コルセア(保存機、ウィキペディアより)


海軍型のA-7はA/B型が405機、E型が535機生産され、空軍型のD型は459機、ギリシア空軍向けが65機、合計1464機も生産された。

海軍型が7割近くを占めていることから、海軍にとって特に重要でお気に入りの機体だったことが分かる。

輸出型を含めると、初飛行以来40年現役にあったことになり、世界の海を文字通り「海賊」のごとく飛びまわった機体である。

面白い事に、常にライバル関係にあった空軍では「コルセア」の名前が気に入らず、正式名称であったにも関わらず殆ど使われなかった。

考えて見れば海軍の艦載機だからこそ「海賊」と言う名前があり、初代の「コルセア」も同様である。

故に「空軍」が海賊と言うのは、抵抗があっても仕方ない様に思える。

だがそうした「ジョーク」的エピソードがあるのは、空軍も同機を気に入っていたからだろう。

空軍では代わりに「SLUF」(団子っ鼻の見にくい奴)と言う、いささか意地悪な愛称を非公式につけ呼んでいた。

からかい半分の名前には、愛情と言う裏付けでもあったようで、上記のように同機を愛するパイロットはたくさんいたと言う。

映画等のイメージから来る「海賊」とはちょっとかけ離れているが、むしろごつくて強そうで、それでいて実力があって、どこか愛嬌もある・・・みたいなA-7。

本当の「コルセア」こそA-7だったかもしれない・・・そんな気がする。





夜も蒸し暑くなってきた。

そのせいかどうかわからないが、週末金曜日の割には街の人出は少なめ。

明日も晴れて暑いと言うが、行楽には良さそうで、その為に早帰りだったのだろうか。

バスも金曜日にしては空席が目立ち、珍しい。

湿度が高く、風がないので余計蒸し暑く感じ、夏の夜を思わせる。

締め切った家の中はもっと暑く、温度計は28℃。

我慢できないので、テレビのボリュームを絞って窓を開けたが、やはり風がないのでさして変化がない。

夕食の用意も、火を使うのが億劫になってしまう。

昨夜は母の夢を見た。

しょっちゅう見るのだけれど、いつも一緒に買い物や旅行に出かけている。

それでいて見たことのない場所ばかりで、不思議な旅行だ。

昨夜は母の他「家族」と認識する数人が一緒で、ホテルは古くて汚いのに、食事は豪華な貸切個室。

しかも液晶モニターがたくさんあって、すごくきらびやかで豪勢な個室。

ただそれだけの夢。

ひょっとして、母が「あの世」を見せてくれているのかしらん・・・と思う。

私は今こういうところにいるよ、みたいな。

でもそれは私を「案内」しているのかも。

そろそろあんたもこっちに来そうだから、特別見せてあげる・・・。

昨夜の夢は、なんとなく楽しい気分だったけれど、そんなに素晴らしい世界風景でもないような・・・。

母は何が言いたいのだろうな、と思う。




元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風など引いてませんか?

蒸し暑い1日でしたが、大丈夫でしたか?

君も昨日今日は半袖姿で過ごしたかも知れませんね。

でも来週は気温が低く、湿気寒くなりそうです。

体は慣れないと思いますが、無理をせず、こまめに調節できるようにして下さい。

エアコンの効いた場所では、肌を出していると無意識のうちに体が冷えますので、気をつけて下さい。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。




夕夕(よひよひ)に わが立ち待つに けだしくも 君来まさずは 苦しかるべし(万葉集巻十二 2929 正に心緒を述ぶ)




☆今日のバス

2062号車 11年式三菱ふそうニューエアロスター(MP35FM) 富谷営業所

643号車 17年式いすゞエルガ(LV290N1) 泉営業所

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