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zoom RSS 飛行機ネタ・もう一つの女王陛下のファントム(8月9日 雨時々曇り 25℃)

<<   作成日時 : 2018/08/10 02:16   >>

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ノロノロ台風13号は、今朝早く関東沿岸に接近したが、心配された首都圏直撃は避けられた。

仙台では夕方頃に最接近したようだが、一時的に風雨が強まったものの、大荒れになる事はなかった。

海はうねりで大荒れになったようだが、交通機関の大きな乱れはなかった。

JRや飛行機に一部運休が出たが、殆どが計画運休で、風雨による運休はなかった。

ただ生暖かく湿気たっぷりの風が吹いており、暑くはないが、快適ではないし、涼しいと言う感じはなかった。

台風は今後太平洋上を東に進み、明日以降は暑さが戻る見込み。

お盆期間中は比較的晴れて、暑くなる予想。

暑いのは嫌だが、天気が悪く肌寒いよりは良いのかも。

立秋が過ぎたとは言え、せめてお盆期間中くらい夏らしくあった方が良い。

今日は早く出かける用事があり、出たくなかったが、少し雨が降っていただけで助かった。

台風で騒がれていたせいか、道の交通量はいつもより少ないように思う。

でも夏休みの人や会社もあるから、それも一因かも知れない。

事実泉中央では、買い物客などいつも通りの賑わいだった。





飛行機ネタ。

60年代後半、イギリス海軍と空軍は新しい主力戦闘機として、自国開発を断念し、アメリカ製の「Fー4ファントム」を採用した。

しかし経済不振に喘ぐイギリスは、輸入による外貨流出を出来るだけ抑止するために、機体の装備品やエンジンだけを国産とする「準国産ファントム」にする事とし、イギリスオリジナルのファントムを導入する事になった。

最初に導入したのは海軍で、保有する空母の艦載機として導入した。

空軍が予定していたのは、国産の「TSRー2」と言う大型の超音速攻撃機だったが、開発費用が嵩み計画は中止。

代わりにアメリカ製の攻撃機「Fー111K」を発注したが、これも新しく変わった労働党政権が待ったをかけ、ドタキャンになってしまった。

冷戦真っ最中のイギリスは、それまでの機体は全て旧式化しており、進化と増備が続くソ連軍に対抗するには、最早新型機の導入に猶予はなかった。

イギリス空軍は当初、ファントムの導入に難色を示していた。

欲しかったのは低空侵攻が出来る超音速長距離攻撃機で、ファントムは些か小型と考えられていたからだ。

国境線一本でソ連と同盟国が対峙する大陸では、いざ有事に至った際、ワルシャワ条約軍は一気になだれ込んで来る。

彼らは航空機で国境線を越えて、まずはNATO軍の正面を叩き、直後大量の地上部隊が国境線を越えて来る。

必要あらば、遠く離れたNATOの中枢部のパリやロンドンにミサイル攻撃をしかけ、イギリス本土の基地には戦術核攻撃を行う可能性があった。

そうなれば西ヨーロッパはあっという間にワルシャワ条約軍に蹂躙され、核攻撃の応酬と言う「最終戦争」になってしまう。

最悪、核戦争を避ける為にはワルシャワ条約軍に少しでも侵攻の気配が見られたら、「先制攻撃」をするしかない。

NATO軍機がワルシャワ条約軍の基地、および地上軍、中枢部を攻撃し、侵攻能力を奪い、少しでも早く和睦の交渉テーブルにつかせるのだ。

そうしないとNATO軍はおろか、数億人の一般市民の多くが巻き添えとなり、第二次大戦ね悲劇を繰り返しかねなかった。

NATO軍の中心はアメリカだったが、イギリスは地元であり、ソ連軍の直接目標になる事は必至で、先制攻撃と言う抑止力は絶対成功させなければならない。

そのためにはワルシャワ条約軍のレーダーをかいくぐり、地上スレスレの低空を高速で飛行し、東ドイツやチェコスロバキアに駐留するソ連軍を壊滅させる機体が必要だったのである。

また有事となれば、ソ連海軍の艦艇は北海だけでなく、バルト海を強行突破する可能性もある。

バルト海の北側は北欧があるが、ソ連と国境線を持つフィンランドは小国で、比較的軍事力を持つスウェーデンは当時「厳正中立国」であり、協力は望めなかった。

スウェーデンの南岸を過ぎれば、目の前は西ヨーロッパであり、もしソ連海軍が進出したら、イギリスは「喉元にナイフ」であった。

こうした映画のような緊張感が、6〜70年代のヨーロッパでは現実だったのである。

絶対負けられない闘いであり、ワルシャワ条約軍に決定的な打撃を加える攻撃機もまた、イギリス空軍には必須だった。

しかしTSRー2とFー111Kが非現実になった以上、イギリス空軍は現実を妥協してでも受け入れるしかなく、イギリス海軍に少し遅れてファントムを正式に発注したのである。

もちろん空軍はファントムを完全に毛嫌いしていた訳ではなく、既にベトナムで犠牲を払いつつも実績を立てていたファントムに、まんざらでもなかった。

ただキャンセルになった2機種を、諦め切れなかったのだ。

空軍はコストの高い「ロールスロイス・スペイ」エンジンをつけた、海軍と同じカスタマイズ型より、通常型である「J」型を望んでいた。

しかし大量導入によるコスト削減を振りかざした政府に押し切られた形で、海軍と同じカスタマイズ型の導入となったが、海軍型FG.1とは装備が異なった。

艦載機としての装備は、空軍ファントムに必要ないからである。

空軍はメーカーのマクドネル・ダグラス社に、基本的には海軍型FG.1をベースとしながら、独自の仕様を依頼し、メーカー名「Fー4M」が製作された。

「ファントムFG.1」と違うのは、主に艦載機の装備では前脚の延伸機構、レードームと垂直尾翼の折り畳み機構、水平尾翼前縁のスラット(隙間翼)が廃止された。

機体は固定武装を持たない「米海軍型」の為、イギリス空軍は胴体下のバイロンに「SUUー23」バルカン砲ポッドをつける配線が、製造時からつけられた。

レーダーの「AWGー11」はFG.1と同じだが、火器管制装置と航法装置が改められた。

イギリス空軍はファントムを、防空と先に書いた阻止攻撃任務に使う為、バルカン砲ポッドを必須としたが、当時ファントムはバルカン砲を固定武装にした「E型」の生産が始まっていた。

ならばこちらを採用すれば良かったように思えるが、やはり政治的圧力による押し付けがあっての事だった。

E型であれば空軍の要求に応える事が出来たが、労働党政権の「外貨抑制」は国民の支持を得ており、やむを得ない事情があっての事であった。

とにかくイギリス空軍にも、70年から配備が始まり「ファントムFGR.2」と名付けられた。

「R」は偵察の意味で、胴体下パイロンに大型のマルチセンサー偵察ポッドを吊り下げ、偵察機としての機能を持たせた。

最終的にイギリス空軍は、ファントムを全体でを160機導入した。

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        ↑92SQ所属のファントムFGR.2(ウィキペディア英語版より)

ファントムFGR.2は、まず優先的に西ドイツ駐留軍の、防空担当と阻止攻撃任務の部隊に分かれて配備された。
防空担当部隊は24時間待機のアラート任務を担当し、サイドワインダー・スパロー及びスカイフラッシュミサイルをそれぞれ4発ずつ、バルカン砲ポッドに増槽と言うフル装備で、コンクリートバンカーに待機した。

阻止攻撃任務では、自衛用サイドワインダー2〜4発に、マトラ70ミリロケット弾ポッド4発か、500ポンド爆弾8発が標準であった。

時々スパロー及びスカイフラッシュミサイルを取り付けるランチャーに、ストライクカメラを取り付ける場合もあった。

ファントムFGR.2は精密誘導兵器や対地・対艦ミサイルはあまり運用しなかったようで、公開された写真でも見た事はない。

これは海軍のFG.1でも同じで、火器管制装置に誘導兵器やミサイル運用能力はなかったためである。

しかしドイツを中心とした中央ヨーロッパにおける阻止攻撃任務とした場合、当時としては爆弾、ロケット弾と言った基本的な兵器の方が有効だった。

とにかくワルシャワ条約軍の歩みを止めるのが先決であり、無誘導兵器ならば一度基地に帰還して、再武装も容易だからだ。

イギリス空軍基地のある西ドイツ中部からだと、東ドイツ国境まではファントムが全速力で飛ばせば30分程度で到達出来る。

ファントムシリーズで唯一ターボファンエンジンの「スペイ」を装備したFGR.2は、阻止攻撃任務に良く適していた。

流入した空気は全て圧縮・燃焼させるターボジェットの「J79」に比べ、空気の密度が濃く、季節によって気温差の大きい低空飛行にはターボファンエンジンの方が効率良い推力を保持し、燃費も良かった。

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     ↑配備間もないころのファントムFGR.2。旧式の国籍マークの他、尾翼のレーダー警戒装置がない(ウィキペディア英語版より)


空軍では、ファントムのパイロットを養成するために、配備前からアメリカ海軍に派遣し、技術と言う点で万全の態勢で臨んでいた。

そのおかげでファントムは即戦力として、遅れていた戦力の補強に大いに貢献したのである。

アメリカ海軍のファントムを経験したパイロットによれば、「スペイ」ファントムは低空では加速性に優れているものの、高空ではパワー不足が認識されていた。

初期のターボファン故の、反応の鈍さとパワー不足があった。

特に軍用機のターボファンは、イギリスでは少し遅れて攻撃機「ジャギュア」がm「ロールス・ロイス・アドーア」を採用しているが、専用の攻撃機「ジャギュア」と違い、「スペイ」ファントムは高空を飛ぶ必要があったのだ。

70年代半ばに「ジャギュア」が戦力化・配備されると、イギリス空軍の阻止攻撃任務を譲ることになったファントムは「防空」専門に転換していく。

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     ↑イギリス空軍標準迷彩のファントムFGR.2(ウィキペディアより)

これによりファントムFGR.2と、導入時に余剰となって海軍に引き渡させなかったFG.1の一部は、より防空・要撃戦闘機としての能力を高めるための改修が行われた。

垂直尾翼の先端には、敵のレーダー波を感知する警戒装置のアンテナの他、新しく開発された中射程の国産低空ミサイル「スカイフラッシュ」を運用できるよう火器管制装置が改良されている。

イギリスのファントムはそれまで中射程ミサイルはレーダーホーミング式の「AIM-7Eスパロー」を運用していたが、この型は「シュートダウン」が出来なかった。

シュートダウンとは、自機より低空の目標をロックオンして攻撃する事を言うが、「スカイフラッシュ」はミサイル自体に下方へ向けてレーダーホーミング出来るミサイルであった。

70年代末には、海軍の空母が廃止され、艦載機だったFG.1 28機が空軍に加わると、古い戦闘機「EEライト二ング」は、全てファントムに置き換えられた。

70年代末から数年間は、イギリスのファントムの全盛期とも言え、空軍では転換訓練部隊・評価部隊を合わせ、全期間で19個飛行隊がファントムを使用している。

海軍から移籍したFG.1は、当初バルカン砲を装備出来なかったが、空軍で配線が取り付けられている。

現場では、機体重量が若干重いながらFG.1を好むパイロットが多かったと言う。

これは空母での運用を考慮し、安定性を高めるために水平尾翼に「スラット」が血うていたからで、運動性と言う点でFG.1はFGR.2より優れていたと言う。

防空・要撃任務に転換されたファントムだったが、「ジャギュア」が充足するまでは阻止攻撃任務も副次的に残されており、西ドイツ駐留部隊ではどちらの任務も出来るようになっていた。

有事には緊急に兵器の転換も必要になるので、その訓練は特に重要視されていた。

82年に遥か大西洋上のイギリス領だった「フォークランド諸島」に、領有権を主張していたアルゼンチンが突如侵攻・上陸し、俗に言う「フォークランド紛争」が勃発した。

イギリス本土から8,000キロも離れた絶海の孤島で、イギリスは小規模の守備隊しか置いておらず、空港に空軍は常駐していなかった。

いきり立った当時のサッチャー政権は、アメリカの仲介策を無視し、実力行使での奪回を試みたが、なぜかファントムの出番はなかった。

アルゼンチン軍は、上陸と同時に空港を占領しており、空軍機を派遣するにはまず空港を奪回しなければならなかった。

そのため2週間もかけて派遣されたのは、コマンド空母(V/STOL空母)のインビンシブル・ハーミズを中心とした海軍だけだった。

陸軍も艦艇で派遣され、空港はすぐに奪回されたが、空港は使用不可能であった。

緒戦での空軍は完全に「蚊帳の外」で、どうしても参加したい空軍は本土から大型爆撃機「バルカン」を派遣し、諸島を〔空爆〕することで存在を誇示したのは良かったが、手間暇かけた割には戦況に効果はなかったばかりか、事もあろうに空港を爆撃してしまった。

爆弾の殆どは命中しなかったとされるが、滑走路に大きな穴を開け、施設にも大きな被害が出たため、使用にはヘリしか出来ない状態であった。

民間空港だったため滑走路は短く、ファントムの運用には不向きなばかりか、ただでさえ苦戦中に空軍の覇権は無意味な物になっていたのである。

アルゼンチン空軍と海軍は、勇敢かつ執拗にイギリス軍への空爆を行ったが、それを防いだのは空母に搭載された僅かな「シーハリアー」だけであった(紛争後半空軍もハリアーを派遣した)。

紛争後、空港は直ちに修理され、同時に防空のためのファントムFGR.2飛行隊を常駐させることになる。

そのために予備機をかき集めて、新たな部隊を創設し、フォークランド駐留部隊になった。

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         ↑空中給油を受けるFGR.2(ウィキペディア英語版より)


同時に本土・西ドイツ駐留のファントムに「欠員」が出てしまったので、急きょアメリカから中古の「J」型を導入した。

1飛行隊分の15機だけで、アメリカ海軍では既に退役していたJ型で、保管されていて程度の良い機体が選ばれた。

通信装置など、一部の機器をイギリス製に替えただけで、他はJ型のままと言う、イギリス初の「純正アメリカ製戦闘機」であった。

俗称として「ファントムF.3」と呼ばれたが、導入された80年代半ばには「トーネード」の戦闘機型「ADV」が完成し、生産型が「F.3」になる予定があって混同しないように、「F-4J(UK)」と言う暫定的な名称になっていた。

エンジンはもちろんオリジナルの「J79」ターボジェットで、高空での性能の良さはパイロットに評価されたものの、既に「スペイ」に馴染んでいたこともあって、整備上の評判は良くなかった。

工具の規格も違っており、ターボジェットのファントム運用経験がないイギリス空軍では少々厄介者扱いだったと言う。

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     ↑中古で追加導入されたF-4J(UK)ファントム(ウィキペディア英語版より)


空軍のファントムは、80年代前半まではイギリス空軍伝統のダークグリーンとダークグレーの迷彩塗装が施されていた。

固定武装のない短い機種の「海軍型ファントム」の中で、当初は唯一迷彩塗装をまとったファントムだった(イラン空軍と韓国空軍機も迷彩していたが、同じ所とノーズながら初期の空軍型である)。

そういう意味において、ファントムFGR.2は海軍のブルー系「エクストラ・ダークシーグレー」1色塗装とは対照的であり、いかにも緊張の高いヨーロッパ機の香りが強い塗装であった。

しかも海軍型ファントムにもかかわらず、実に良くフィットしているのが不思議である。

電子装備を改良した辺りから、国籍標識も変更が加えられている。

それまでは空軍も海軍も、第一次大戦から受け継がれてきた青・白・赤の三重丸「ラウンデル」が国籍マークだったが、時代は低視認化になっており、イギリス国防省は「白」を抜いた青と赤の◎に変更した。

目立つポイントがなくなった分、迷彩塗装と相まって凄身が増した。

しかし80年代後半になると、ファントムは「制空迷彩」と言った世界的潮流に合わせた明るく白っぽいグレー迷彩「エアディフェンス・グレー」3色に変更され、国籍マークは更に小さく、トーンもライトブルーとピンクと言う変な色になってしまった。

他国に比べるとトーンは独特であったが、全体的に間延びした様な感じがあり、ファンにはあまり好感は持たれなかった。

空軍はそれをわかっていたらしく、グリーン&グレー迷彩時代は殆どなかった「スペシャルマーキング」が増えた。

白っぽく平坦なエアディフェンスグレーだと、スペシャルマーキングがしやすい一面もあったのだろう。

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     ↑ファントムFGR.2「アルコック・ブラウン号」(ウィキペディア英語版より)

上の画像は79年に大西洋横断の速度記録を起てたイベント塗装機。1919年にアルコックとブラウン操縦士が、初めて大西洋無着陸横断飛行を行ってから60周年を記念し、イギリス空軍が記録に挑戦した時のもので、エンジンメーカーのロールス・ロイスがイベンターであった。

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     ↑珍しい「シャークマウス」を描いた561SQのファントムFGR.2(ウィキペディア英語版より)

明るいグレーはオイル等の汚れも目立ち、僅かな期間でくすんだ色合いになってしまう事が多く、軍用機でもいつもピカピカにしたがるイギリス人のプライドが許さなかったようで、航空ショーなどでは必ずスペシャルマーキング機を参加させて人気を呼んだ。

最も80年代後半になると、ソ連では改革が始まって冷戦は終結しつつあった事もあるだろう。

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     ↑最も人気が高い111SQのスペシャルマーキングのFG.1。胴体下にバルカン砲ポッド。(ウィキペディア英語版より)

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     ↑ノーマル塗装の111SQのFG.1(ウィキペディア英語版より)


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     ↑空軍に移籍した頃の111SQのFG.1。上の塗装と比べて頂きたい(ウィキペディア英語版より)


ソ連が解体し、冷戦が完全に終結すると古いファントムは退役が始まり、後継にはマルチロール機「ト‐ネード」に切り替わりつつあった。

それもあって空軍の「スペシャルマーキング」はグッと増え始め、ファンを喜ばせた。

自棄になった感じがしなくもないが、ファントムへの愛着もまた、事実であっただろうと思う。

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     ↑A&AEE飛行テストセンター所属のFG.1。最も派手なファントムだろう。(ウィキペディア英語版より)


イギリス空軍のファントムは、92年に74飛行隊の閉隊を持って34年の運用を終えた。

最後まで残った74飛行隊のファントムはFGR.2で、この飛行隊は83年に新設された最も新しいファントム飛行隊。

フォークランド派遣で穴埋めに導入された「F-4J」を唯一装備した部隊だったが、晩年はFGR.2に転換されていた。

退役前は全機の尾翼が黒く塗られ、地味ではあるが上品なスペシャルマーキングであった。

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     ↑最後のファントム飛行隊、74SQのFGR.2(ウィキペディア英語版より)

前年に勃発した「湾岸戦争」には、残念ながらファントムは参加せず、「同期」の「バッカニア」が最後の奉公で有終の美を飾ったのとは対照的であった。

イギリス空軍のファントムは、大きな屋台骨でありながら実戦経験は「一度」もなく、海外展開も西ドイツの他、地中海のキプロスに19飛行隊が「分遣隊」として数機ずつ派遣していたのと、上記のフォークランド諸島に展開した23飛行隊だけ。

あくまで冷戦時代に西ヨーロッパ諸国の「盾」と、本国の防衛に徹した34年間であった。

パイロットを含め、現場の人々にはそれが「誇り」だったのかも知れない。

実戦に参加するばかりが軍用機ではない訳で、少なくとも緊張が続いたヨーロッパではファントムは文字通り「抑止力」として大きな功績を残し、祖国を守り通したのである。


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     ↑退役記念塗装の111SQのFG.1「ブラック・マイク」(ウィキペディア英語版より)


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     ↑同じく退役記念塗装で美しいダークブルーになった92SQのFGR.2(ウィキペディアより)


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     ↑飛行隊開設75周年塗装の56SQのFGR.2(ウィキペディア英語版より)


退役前の各飛行隊は競って記念塗装を施し、それこそどの機体もピカピカで各地の航空ショーに参加した。

そこでは塗装ばかりでなく、低空でのアクロバット飛行などを見せ、観客を大いに沸かせたと言う。

そこにはイギリス空軍だけでなく、国民に愛された機体だったことの証明だったことだろう。

イギリスでは、学校で機体を教えることが多いそうで、主力機などは国民のほとんどが知っているそうである。

同時にイギリスの誇りとして、過去の機体を知る人も多く、航空ショーは国民行事の一つでもある。

イギリス人は老若男女問わず「乗り物好き」が多いようで、旅客機を含めて休日に飛行機を見て写真を撮る「スポッティング」と言う趣味は、広く認知されている。

私も思うのだが、イギリスのファントムは、ファントムであって「F-4」ではないと思う。

エンジンや形状など、これまで書いて来たように通常型の「F-4ファントム」とは明らかに一線を画しているのは事実だが、それ以上に雰囲気自体が完全な「イギリス機」に思えてならない。

日本のファントムはライセンス生産したので、法的にも完全な「国産機」だが、イギリスのファントムは「イギリス仕様」であって、国産機とは言えない。

生産自体もアメリカで行われており、法的には「輸入機」でしかない。

しかし「スペイ」を積んだファントムは他国では採用されなかったし、中古機として売られた機体もない(イギリスの法律上、軍用機は退役後30年以上経たないと輸出できな)。

湯よ曲折と、その人生も決して恵まれた環境になかったが、国民には愛する「祖国の戦闘機」なのである。

私にはそれが分かるような気がする。

昨日書いたように、イギリスの軍用機の「所有者」は国王であり、ファントムは「女王陛下」の持ち物でもある。

それは実力だけでなく「イギリス機」と言う「誇り」でもある。

唯一のターボファンエンジン付きファントムとして、現地やアメリカでは「スペイ・ファントム」と呼ぶことがあるが、日本の模型メーカー「タミヤ」が初めて1/100スケールで発売した時「ブリティシュ・ファントム」と命名した。

今では世界でも、模型ファンを中心に「ブリティッシュ・ファントム」で通じる。

この呼び方の方がおしゃれで、説得力がある様に思う。




結局台風の影響は少なく、仙台では交通などに混乱はなかった。

雨も夕方までは断続的で、一時風が強まった時間もあったがそれきりで、持参した傘は30分も満たずに用を済ませてしまった。

しかし台風から吹きこまれる湿気たっぷりの空気が、夜の街を覆っており、非常に蒸し暑い。

少し歩くだけで、ジトッと汗をかく。日中の方が涼しく思えた。

明日は前線が南下するので、午後を中心に曇る予想だが、朝は晴れて気温も上がる見込み。

予想最高気温は33℃と、また猛暑が復活しそうだが、ここ数日の湿気寒さはちょっとやりすぎだった気がしないでもない。

今日はとても疲れて、体がだるい。

汚い話だが、やたらトイレが近く、同時に喉が渇いて仕方ない。

嫌な気分になると、すぐ体調に現れる正直さ。

明日は何も考えずに過ごしたい。




元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

台風は大丈夫でしたか?

暑さが復活しそうです。

体調管理には充分注意して下さい。

君はお盆休みは取るのでしょうか?

仕事が忙しくて「代休」かもしれませんが、楽しい予定はあるのでしょうか?

旅行や友人と会って、食事をしたり。

君はお酒を飲むようになったかどうかわかりませんが、友人と「飲み会」かも知れませんね。

私は何もありません。

永遠に続くかのように、毎日同じ時間と悩んでただ時が過ぎていくようです。

新しい生き方をしたくとも、現実は中々上手くいきません。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。




うべ見なば 吾に恋ふなも 立と月の のがなへ行けば 恋しかるなも(万葉集巻十四 3476 雑歌)




☆今日のバス

716号車 18年式いすゞエルガ(LV290N2) 泉営業所


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